ロールス・ロイスは、世界一高価な車を製造する会社であり、企業価値は驚異の500億ポンド、日本円で9兆5000億円にも及びます。この伝説の会社を生み出したのは、教育をほとんど受けることができなかった貧しい家庭の少年、ヘンリー・ロイスでした。彼は常に挑戦を続け、世界で最も品質の高い自動車を生み出した天才実業家です。彼はこの会社をわずか20ポンドの資金で始めました。では、どうやってそれを成し遂げたのでしょうか？
ヘンリー・ロイスの幼少期
ヘンリー・ロイスは1863年、イギリスのハンティンドンシャー州に生まれ、両親のジェームズとメアリーは製粉所を経営していました。しかし、1867年、ヘンリーが4歳の時に両親の会社は倒産し、家族は職を探すためロンドンへ引っ越すことになりました。家計は多額の借金を抱えていたため、ヘンリーは8歳で仕事を始めました。彼は鳥を追い払う仕事をしていましたが、週に数セントしか稼げませんでした。
ヘンリーの父はロンドンの工場で働き始めましたが、生活は厳しく、事態は悪化する一方でした。そして、さらに不幸なことに、9歳の時に父が亡くなってしまいました。これはヘンリーにとって大きな影響を与え、経済的な苦境がより一層深刻化しました。そのため、ヘンリーは学校には通わず、新聞や郵便物の配達の仕事をしていました。彼は配達1回ごとにわずか数セントしか稼げませんでしたが、それでも懸命に働き続けました。
しかし、ヘンリーの母は父が残した借金を抱えており、家族を支えることが難しくなりました。そのため、14歳の時にヘンリーは年老いた叔母の元に預けられました。しかし、その家も生活は苦しく、ヘンリーが食べるのはミルクに浸したパン一切れだけという日もありました。この栄養不足と幼少期からの重労働が、彼の一生に渡る健康問題の原因となりました。15歳になるまでに彼が学校に通えたのは、たった1年間だけでした。
決意
ヘンリーが15歳の時、叔母の夫が亡くなり、叔母は少しの遺産を相続しました。この遺産の一部を使い、叔母はヘンリーの教育の手助けをしてくれました。ヘンリーがグレート・ノーザン鉄道の見習い研修に参加するためのわずかな費用を支払ってくれたのです。これにより、ヘンリーは鉄道の見習い研修に参加することができました。しかし、住居費用までは負担できませんでした。
幸運なことに、同じ鉄道会社で働いていたジョージ・ヤローの家に住むことができました。グレート・ノーザン鉄道での労働環境は過酷で、見習いの若いヘンリーにとって精神的にも肉体的にも厳しいものでした。しかし、ジョージはそんなヘンリーを支え、励ましていました。また、ジョージは鉄道会社で働く中で、機械やエンジンの設計・修理に関する深い知識を持っており、それをヘンリーに教えました。ヘンリーは夢中になり、毎日何時間も勉強しました。
ジョージのサポートとヘンリーの努力により、まだ10代の若者ながら彼は精巧なミニチュアの手押し車を作りました。この作品は、ヘンリーの創造性と職人気質を反映させた作品とされています。ヘンリーには学歴はありませんでしたが、手先が器用で、信じられないほどの勤勉さを持っていました。しかし、資金を援助してくれた叔母が亡くなり、ヘンリーは2年で見習いを中退せざるを得ませんでした。この鉄道会社での経験は、ヘンリーの機械工学や実務的なスキルの基盤を築くきっかけとなりました。
その後、ロンドンを離れ、リーズで工具を製造する会社に就職しました。時給はわずか1ペニー、パン1斤分しか稼げませんでした。そのため、電力会社へ転職し、さらに努力を重ねました。彼は食事よりも電気機器に触れることを優先し、他のどの従業員よりも長時間働き続けました。この時、人生で初めてわずかな貯蓄ができました。ヘンリーはこの貯蓄を浪費には使わず、学びへの投資に充てようと考えました。彼は夜間の電気工学クラスを受講し、技術を学びました。
そして、1882年、19歳の時に、これまでで最高の職であるランカシャー・マキシム・ウェスタンカンパニーの主任電気技師として働くことができるようになりました。しかし、転職から1年後の1884年、21歳の時に会社が倒産し、再び職を失ってしまいました。どれだけ努力しても運が巡ってこないと感じていた彼は、会社に就職することをやめ、自らの会社を立ち上げることを決意しました。
FHロイス・カンパニーを設立
もちろん、ヘンリーは仲間の助けが必要だと考え、友人であり同僚であったアーネスト・クレメントがこの会社に加わりました。そして、FHロイス・カンパニーを設立しました。当時、ヘンリーはわずか20ポンド（約5か月分の給与）しか持っておらず、アーネストも50ポンドしかありませんでした。2人はそれを合わせて事業を始めました。
最初は電気用品の製造から始め、マンチェスターのクックストリートに非常に小規模な工場を構えました。2人は工場の上にある小さな部屋で生活していました。食べるものもほとんど買えなかったため、毎日サンドイッチを作って食べていました。若い2人が成功する確率はほとんどないように思われましたが、ヘンリーは持ち前の勤勉さと忍耐力でひたすら努力し、競合製品よりもさらに優れた製品を作り出すことに注力しました。そして、試行錯誤の末、彼らは最初の成功した製品である電気式のドアベルを開発し、徐々に売れ始めました
結婚
ヘンリーは顧客のために夜遅くまで働いてドアベルを製造し、次第に売上が上がり始めました。この売上を使い、発電機や電気クレーンなど、さらに野心的で大きな製品を作ることができるようになりました。事業が成長するにつれ、製品の種類は増え続け、利益も大きく伸びていきました。
1897年、34歳の時には受注額が6000ポンド（現在価値で約1.4億円）に達し、1年後には2万ポンド（現在価値で約4.6億円）にまで成長しました。そして1899年、36歳の時には会社の資本金が3万ポンドにまで拡大しました。これは現在価値で約500万ポンド、日本円で7億円以上の価値になります。しかし、ヘンリーはこの成功に満足することなく、さらなる高みを目指しました。それは、「世界で最も豪華な車を作る」という野望でした。
ヘンリーとアーネストはこの事業の成功により、ようやく私生活にも少し目を向けられるようになりました。2人は非常に仲が良く、なんと姉妹であるエディスとミニー・パントとそれぞれ結婚しました。ビジネスパートナーであるだけでなく、正式な家族にもなったのです。
チャールズ・ロールズとの出会い
電気製品の製造で確立した成功により、ヘンリーはより野心的な機械プロジェクトにも挑むことができるようになりました。当時、自動車を所有している人はほとんどいませんでしたが、ヘンリーは自動車に強い興味を持ち、フランスの中古車を購入しました。しかし、この車は状態が悪く、エンジンが動かないほどでした。
彼は翌日には修理を終え、その後も不具合を発見するたびに改善を重ねました。驚異的な忍耐力と、これまで培ってきた知識を活かし、ヘンリーは車の構造をたった2年で理解し、ついに車を作り始めました。そして、1904年、41歳の時に3台の車を完成させました。これらの車は「ロイス 10」と名付けられ、1台目は自分用、もう1台はアーネスト用、そしてもう1台は販売されました。この車を購入した人物は、その性能に感銘を受け、ヘンリーをカーディーラーのチャールズ・ロールズに紹介しました。
ヘンリー・ロイスとチャールズ・ロールズが出会った時、2人がこの先どのような成功の道を歩むのかは誰にも想像できませんでした。
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世界最高のエンジニア
ヘンリーとチャールズは対照的な存在でした。ヘンリーは貧しい家庭に生まれ、努力で成功を掴みましたが、チャールズは裕福な家庭に生まれ、幼い頃から多くのものを与えられて育ちました。しかし、2人は車に対する情熱が高く、すぐに意気投合しました。後に、ロールス・ロイスという象徴的なブランドを生み出すことになります。
チャールズ・ロールズは1877年、第1代ラングアット男爵とレディ・ラングアットの間に生まれ、幼い頃から機械いじりが好きでした。ケンブリッジ大学で機械工学を学び、卒業後はヨットの仕事やロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道で働きました。また、チャールズはイギリスで初めて自動車を所有した人物の1人であり、18歳の時にフランス製のプジョー・フェートンを購入したことでも知られています。
車を愛してやまなかったチャールズは、父親から資金を提供してもらい、「CSロールズ・カンパニー」という会社を設立し、フランス車をイギリス市場に輸入販売するビジネスを始めました。チャールズはモータースポーツ界でも名を馳せており、時速133kmの記録を持っていました。現代では特別な速度ではありませんが、当時としては驚異的な速さでした。さらに彼は「パリ・マドリード・レース」などの過酷なレースにも出場していました。このレースでは観客が自動車を近くで見ようと路上に出てしまい、轢かれてしまう事故が相次いでいました。過去に34名の観客とドライバーが命を落としました。しかし、それでもチャールズはこの混乱を楽しみ、毎年のように危険なレースに挑戦し続けました。
また、彼は気球で170回以上飛行した経験があり、イギリスで2人目の飛行免許を取得したパイロットでもありました。
チャールズは、ヘンリーが設計した車「ロイス 10」に最初は懐疑的でした。彼は3気筒や4気筒の車を好んでいたため、ヘンリーが作った2気筒の車にはあまり興味が持てなかったのです。しかし、実際に「ロイス 10」に乗ってみると、その高品質に驚き、チャールズは「ヘンリーと一緒に働くべきだ」と確信しました。その夜、チャールズはロンドンに戻り、ビジネスパートナーを起こしてこう伝えました。
「世界最高のエンジニアを見つけた！」
ロールスロイスの誕生
こうして、チャールズ・ロールズとヘンリー・ロイスは共同でビジネスを始め、「ロールス・ロイス」というブランドを立ち上げました。2人は年齢も性格も全く異なり、ヘンリーは貧しい環境から努力で成り上がった一方、チャールズは裕福で多くを与えられて育った若者でした。ヘンリーが41歳の時、チャールズは27歳でした。しかし、それぞれのスキルが補完し合う絶妙な組み合わせと、車への情熱によって、2人は無敵のデュオとなりました。
成功
ヘンリーは電気機器や機械の製造に関する豊富な経験と、完璧を求める職人気質を持っていました。一方、チャールズは高速車を愛するだけでなく、優れたビジネスマンでもありました。チャールズは上流階級へのコネクションを生かし、政治家やメディア関係者、さらには王室関係者を通じて裕福な顧客を見つけ、彼らに高級車を販売しました。
この2人が手を組んだことで、ロールス・ロイスは瞬く間に成功を収めました。彼らは初のモデルである「ロールス・ロイス XHP」を、パリサロン後のパリモーターショーで発表しました。この車は400ポンド（現在価値で約1000万円）で販売されました。当時の一般労働者の5年分の給料に相当するほどの高価な車でした。しかし、このモデルは6台しか製造されず、そのうちの1台が現存しており、現在ではロールス・ロイスの歴史に残る貴重な車両とされています。
2007年にはオークションで320万ポンド（約10億円）で落札されました。
続いて、1907年、ヘンリーが44歳の時、「ロールス・ロイス シルバーゴースト」を発表しました。この車はすべての金属部分に銀やアルミニウムがコーティングされており、1万5000マイル（約地球半周分）の耐久テストを走破しました。さらに、驚異的な静粛性を誇り、エンジンの上に置かれた水のカップから、一滴もこぼれることがなかったのです。
当時、シルバーゴーストは「世界最高の車」と評され、現代においても最も価値のある車の一つとされています。2005年にはオークションで1000万ポンド（約30億円）で落札されました。
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チャールズ・ロールズの死
ロールス・ロイスが自動車業界で確固たる地位を築き、高級車としての名声を確立した後、チャールズは飛行機用エンジンの製造をヘンリーに提案しました。飛行機がもう一つの情熱だったチャールズは、ロールス・ロイスの技術を生かしたエンジン製造を望んでいましたが、ヘンリーはそれを拒否し、自動車の製造に専念する意向を示しました。
その後、会社の成長により、チャールズは飛行に多くの時間を費やすことができるようになり、最終的にはロールス・ロイスの職を辞め、飛行機に専念しました。彼は「空には警官がいないから、飛行が車の運転より楽しい」と語っていました。
1909年には小型の飛行機を購入し、翌年にはイギリス海峡を往復ノンストップで飛行する世界初の記録を達成しました。イギリスの新聞は彼を「最大の英雄」と賞賛しました。しかし、その翌年、彼はまた新聞に載ることになりました。
ある日、非常に強い風が吹いていた中、ライト兄弟が設計した「ライト・フライヤー」を改良した機体で飛行に挑戦していた際、尾翼が故障し、チャールズが操縦していた飛行機が地上に墜落しました。こうして、チャールズ・ロールズは1910年、32歳の若さで、イギリス初の飛行機事故による死亡者として歴史に名を刻むことになりました。
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イーグルエンジの開発
チャールズ・ロールズが亡くなったわずか1年後、ヘンリー・ロイスの健康状態も悪化し始めました。幼少期からの不規則な食生活と睡眠不足が影響し、彼は工場での長時間の作業が難しくなり、次第に自宅で過ごす時間が増えていきました。しかし、体調が悪くなってもヘンリーは設計の仕事を続け、ベッドの上でデザインをスケッチすることもありました。
ヘンリーは長年、飛行機用エンジンの製造を拒否していましたが、第一次世界大戦が始まると、その必要性に迫られることになりました。1914年、ヘンリーが51歳の時、ロールス・ロイスは「イーグルエンジン」と呼ばれる飛行機用エンジンを開発し、イギリス帝国の爆撃機や偵察機に搭載されました。これがロールス・ロイスの航空エンジン事業の始まりであり、彼らの新たな伝説を築くことになりました。
第二次世界大戦中には、世界的に有名な「マーリンエンジン」を製造しました。このエンジンは、スーパーマリン・スピットファイアやハリケーン戦闘機などに搭載され、連合国軍の勝利に大きく貢献しました。戦後もロールス・ロイス社はジェットエンジンの開発に着手し、現在でも商業用航空機で広く使用されています。
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旅の終わり
第一次世界大戦後、ロールス・ロイスの自動車は非常に人気となり、1921年、ヘンリーが58歳の時には、注文から納車まで3年待ちになるほどでした。そのため、アメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールドに新しい工場を開設し、10年以内に2944台の車を生産しました。
数量は多くありませんでしたが、それはロールス・ロイスが「世界最高品質の車を作ること」に誇りを持っていたからです。このポリシーは現在も続いており、すべてが手作業で製造され、1台の車を完成させるのに最大6か月かかることもあります。
1930年、67歳の時、ヘンリー・ロイスは大英帝国勲章を授与され、バロネットの称号を受けました。しかし、その3年後の1933年、70歳でこの世を去りました。
彼は体調がどれほど悪くても仕事を辞めることはなく、死の直前まで設計を続けていました。彼の最後のスケッチは、亡くなる前夜に病院のベッドで描かれたものでした。それは調整可能なショックアブソーバーの設計図であり、この技術は現代の高級車にも広く使われています。
ヘンリー・ロイスとチャールズ・ロールズが残した遺産は、彼らの死後も長く受け継がれています。ロールス・ロイスは彼らの死後も車の製造を続け、今日に至るまで「高級車の代名詞」としてその名を轟かせています。
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