世界には軍事国家や社会主義国家など、独裁体制の国が数多く存在します。このような体制を長く続けることは簡単ではありません。しかし、建国から70年以上という長い期間、父・子・孫の三代にわたって独裁政権を継承し続けている国があります。それが今回のテーマである北朝鮮です。経済発展は停滞し、民衆は今も飢えや貧困に苦しんでいますが、今のところ北朝鮮の金体制が揺らぐという気配はありません。しかし、国内で餓死者を出しながらも100万人以上の軍隊を持ち、核兵器やミサイルまで開発するそんな振る舞いがいつまでも続けられるのでしょうか?
現在は力で封じ込めている国民の不満がいつか爆発したり、軍部が反乱を起こして今の金体制が崩壊する可能性もゼロではありません。もし北朝鮮の金体制が崩壊したら、私たち日本人にとっても他人事ではありません。その時何が起きるのかについて、今回は重要な4つの切り口から考えていきたいと思います。
1. 権力を握るのは誰か?
金体制の崩壊後、まず第1段階で起きるのは「権力の空白期」と呼ばれる状態だと予想されます。なぜなら、北朝鮮のような独裁国家にはアメリカなどの民主主義国家における野党のような組織がないからです。つまり、政府が倒れた場合の受け皿が存在しないということです。圧倒的な権力を持つトップが不在となった場合、軍部や政府高官によって激しい後継者争いが行われることになります。最悪の場合は内戦や周辺国を巻き込む戦争が始まり、他の国によって占領される可能性もあります。
このような状態は過去、イラクやリビアの独裁政権崩壊後にも見られました。例えば、2003年のイラク戦争によってサダム・フセイン政権が倒れた後、20年以上経っても政権は安定していません。国内はイスラム教シーア派、スンニ派、クルド人などのグループで分断されていて、争いが絶えない状況です。一時は過激派イスラム組織「イスラム国」によって全土の1/3が支配されるという状況にも陥りました。同様に、リビアでも長年君臨したカダフィ大佐が殺害された後、10年以上経った現在でも内戦は終わらず、国内は東西に分裂したままです。その結果、200万人以上の国民が難民となって国を逃れています。
では、北朝鮮がこのような状況になった場合に混乱を収束できるのはどの勢力なのでしょうか?現実的に考えると、権力争いを勝ち抜く可能性が最も高いのは軍部だと考えられます。なぜなら、北朝鮮では昔から先軍政治という軍部優先の国づくりが進められてきたためです。国民が飢えていても、軍部へは優先的に食料が配給され、長距離ミサイルや核実験に多額の国家予算と優秀な人材が投入されています。これはアメリカなどに対抗するためだけでなく、金体制が北朝鮮の国民を抑えつけるための手段でもあります。
同時に、金体制は軍に反乱を起こされないように様々な対策を行っています。先代の最高指導者であった金正日氏が亡くなり、金正恩氏が後を継いだ時、彼が最初に行ったのは自らが軍の最高司令官に就任することでした。その後も頻繁に軍の幹部を交代し、権力を持つことを阻止しながら、軍の司令官とは別の命令系統で動く政治将校を配置することで軍部の動きを監視しています。このような仕組みで、軍部が反金正恩体制でまとまるのを未然に防いでいるのです。そのため、北朝鮮で軍が反乱を起こして金体制を崩壊させるというシナリオが起きる可能性は大変低いと言わざるを得ません。
しかし、例えば金正恩氏が急死するなどで政権が崩壊した場合はどうでしょうか?この場合は軍が団結して権力を握るという展開が十分に考えられます。ただし、権力を握ってすぐに政治運営ができるかというと、そうとも限りません。その理由は簡単で、周辺の国々がどう動くか分からないからです。軍部はまず金体制の正当な後継者であることをアピールするでしょう。しかし、ここで必ず対抗勢力が登場します。周辺の国々は北朝鮮には自分たちにとって都合の良いリーダーを立てようと考えます。このような形で外部の圧力が増したり、新しい別の国が裏で手を引いて新しい政党が誕生することもあり得ます。
2. 社会や経済への影響
次に、金体制の崩壊が社会や経済に与える影響を考えていきます。まず、金体制が崩壊して北朝鮮の経済が混乱したら、多くの国民が生命の危険にさらされることでしょう。具体的には食料不足、医療サービスの欠如、大量の難民が発生するリスクがあります。これらを人道的課題と呼びます。北朝鮮の経済をコントロールしているのは政府です。つまり、政府がなくなればコントロールは不可能になります。そうなれば内部で食料やエネルギーの奪い合いが始まるかもしれません。これまでも生産設備やインフラの老朽化によって経済成長が妨げられていた北朝鮮。それが経済の混乱によってさらに悪化する可能性があります。
もし混乱が収まっても、そもそも貧しくて資本が少ない北朝鮮では軍事最優先で今までないがしろにされていた経済の再建は簡単ではないでしょう。道路や電力といったインフラの再建、軍需品以外の生産設備の近代化、資本主義の考え方による人材教育など山積みの課題があります。周辺の国の協力を得られたとしても、北朝鮮の経済を立て直すためには莫大なコストと時間が必要です。このことを考えるためには、当時ヨーロッパの経済大国だった西ドイツが社会主義国だった東ドイツを統一したケースが参考になりそうです。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングのレポートによると、ドイツ統一にかかったコストは様々な試算があるものの、大まかに2兆ユーロ(約325兆円)程度とされています。当時のドイツ全体のGDPの3/4が統一の後15年以上にわたり旧東ドイツへの復興支援に使われています。そのおかげで4倍もあった旧西ドイツと旧東ドイツの経済格差は現在では2割程度にまで縮小しています。しかし、それほどの費用を使ったにもかかわらず、現在でも旧東ドイツの地域では失業率は高く、東西の格差はまだ完全には解消できていません。その結果、政府に不満を持つ人も多く、旧東ドイツでは極右政党が高い支持を集めています。ここから予想できることは、北朝鮮がすぐ自立するのは難しいということです。
外国からの多額の投資を得なければなりません。とはいえ、外国の投資を得るためには多くの課題をクリアする必要があります。安定した政治環境、透明性の高い法律制度、質の高い労働力などです。過去に中国やベトナムなど社会主義の国の中で経済改革に成功した例もありますが、北朝鮮に当てはめるのは難しいです。北朝鮮は建国以来、他国に頼らず自国の力のみで成長するという方針で政治経済を運営してきた国だからです。政権が変わったとしても、資本主義を取り入れ、外国の投資を受け入れ、貿易を増やすにはかなりの時間がかかるでしょう。この経済的混乱は食料事情をさらに悪化させることになるのは間違いありません。
3. 周辺の国への影響
3つ目の切り口として、周辺の国にどのような影響があるかを考えてみましょう。まずは中国です。中国にとって北朝鮮はアメリカ、韓国との間にある重要な同盟国かつ干渉地帯です。金体制が崩壊したとしても、中国としては北朝鮮の国内が安定し、今の同盟関係を続けることが望ましいと考えています。また、大量の難民が中国へ押し寄せる事態も避けなければなりません。そのために中国はどう動くでしょうか?国内の反乱を鎮めるために軍隊を派遣する可能性もあります。また、食料や石油といった資源の供給によって北朝鮮を実質的に属国としてコントロールしようとするかもしれません。その結果、アメリカや韓国との対立がさらに高まる可能性もあります。
次に韓国の立場から考えてみましょう。朝鮮戦争とその後の分断によって数百万人の命が失われました。その後も常に北朝鮮との戦争に備えて巨額の軍事費と人的資源が費やされています。そのため、韓国にとって朝鮮半島の平和と統一は悲願です。では、金体制の崩壊によって韓国が朝鮮半島を統一するというシナリオはあり得るのでしょうか?その点を考えるためには、朝鮮半島の統一が韓国にとってどれほどのコストを強いるのかを理解する必要があります。
具体的にはまず、飢餓に苦しむ多くの北朝鮮国民を食べさせる必要があります。また、整備が遅れているインフラを整える必要があります。一説では50倍もあると言われる現在の韓国と北朝鮮の間の経済格差を解消するためには、北朝鮮へ巨額の投資が必要になります。韓国統一研究院の調査によると、これにかかる費用は全て合わせて5兆ドルとされています。これは韓国の国家予算の10倍以上にのぼります。
先ほどドイツ統一の後にかかった費用が推定で約2兆ユーロとされていることを紹介しましたが、朝鮮半島の統一にはこれの倍以上のコストがかかると考えられます。無理に北朝鮮と統一したら、韓国と北朝鮮は共倒れしてしまうでしょう。そう考えると、経済面で踊り場を迎えている韓国が今強く朝鮮半島を統一したいと思っているわけではないと想像できます。金体制崩壊後の混乱した北朝鮮との統一を急ぐのは現実的ではないでしょう。
4. 社会の変化
最後の切り口は、金体制崩壊後に北朝鮮の社会がどのように変化するかです。現在、厳しい状況にある北朝鮮国民の人権はどうなるのでしょうか。この点を中心に考えていきたいと思います。
社会の変化で重要なポイントの一つ目は、教育と情報へのアクセスです。旧東ドイツでは統一によって西側の情報が一気に流れ込んだ結果、今までの社会主義に基づく価値観が一変しました。同じような変化が北朝鮮でも起きるでしょう。北朝鮮の社会は、社会の末端まで政府の指示に従うことだけを強制されてきました。そのため、国民は自分の頭で考えることに慣れていません。そのような中で生きてきた人々にとって、自由に物を考えたり情報を見聞きして良いというのはとてつもなく大きな変化です。長年物を考えないことに慣れた人たちにとって、自由や民主といった価値観の変化を受け入れるのは難しいでしょう。また、資本主義の経済の仕組みについて無知な北朝鮮国民を狙った詐欺が流行する恐れもあります。東ヨーロッパで同じような出来事を経験したアルバニアという国があります。
アルバニアは長い間北朝鮮と同じように社会主義の独裁政権によって国全体が鎖国状態にありました。1990年代に自由化が進んだ時、資本主義経済について知識を持たないアルバニア国民を狙ったネズミ講が国中で大流行しました。ネズミ講はネットワークを利用した詐欺の一種で、そのグループに入ったら上納金を納めなければなりません。しかし、その代わりに自分が勧誘した新しい会員が納める上納金から収益を受け取れるという仕組みです。一見よくできたシステムに見えるかもしれませんが、人口が無限でないため必ず新規加入者の勧誘には行き詰まって破綻するシステムです。アルバニアではこのネズミ講に一時は国民の3分の1が加入し、12億ドルもの資金が騙し取られました。最後には財産を失った国民が起こした暴動で国全体が無政府状態となりました。北朝鮮でも急に資本主義を取り入れたら同じような悲劇が起きる可能性があります。
2つ目のポイントは社会の分断についてです。北朝鮮には世代を超えて続く階級差別があり、その結果、多くの国民に対して世界最悪クラスの人権侵害が行われてきました。この階級制度とは、北朝鮮の建国や朝鮮戦争に貢献した軍人の子孫などがエリート階層として優遇される一方、資本家や地主、海外からの帰国者の子孫などは生まれながらに裏切り者の階層とされ、住む場所や教育機会、職業も制限され、絶えず監視される中で貧しい暮らしを強いられています。
つまり、北朝鮮で国民を強いたげているのは金一族だけではなく、同じ国民の中にも奪う者、奪われる者が存在し、そこにも深刻な分断があります。過去に虐げられた側の恨みは残り、国民の団結を妨げる要因となります。もし今の体制が崩壊して国民が自由を得たら、差別されていた人たちによる不満や恨みが爆発し、国内が大荒れになるかもしれません。それを克服するためには、過去に行われた人権侵害に対する公正な調査と記録、そして被害者とその家族への補償が必要でしょう。金体制崩壊後の北朝鮮の社会がうまくいくためには、異なる背景を持つ人たちがお互いの立場を超えて認め合うことが必要です。金体制がもたらした負の遺産を清算し、新しい社会を作るためにはこのような取り組みも避けて通れないのではないでしょうか。
最後に
歴史を見れば、独裁体制を続けることは簡単ではなく、必ず崩壊するという説もあります。これからの北朝鮮はどうなるのでしょうか。投資でもビジネスでも、シナリオをあらかじめ想定しておくことは非常に大切です。北朝鮮の未来について、私たちも冷静に考え、備えておくことが重要です。
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