
日本銀行が、長年にわたって買い続けてきたETF(上場投資信託)をついに売り始めました。
その保有額はなんと約80兆円――日本株の“最大の株主”だった日銀が、今後100年かけて少しずつ手放していくという前代未聞の方針です。
なぜ、そんなにゆっくり売るのか?
背景には、2013年から続いた「アベノミクス」と呼ばれる景気刺激策があります。
当時は物価が下がり続ける“デフレ”が長引き、企業の利益も給料も伸びない状態。そこで日銀は、国債だけでなく株価に連動するETFを大量に買って、市場を支えたのです。
しかしその結果、市場のゆがみや企業統治の弱まり、日銀自身のリスクといった副作用も生まれました。
そして2024年以降、物価や賃上げが安定してきた今、日銀はようやく「異次元緩和からの出口」を目指し、ETFをゆっくり売る方向へ舵を切りました。
この記事では、
✅ なぜ日銀がETFを100年かけて売るのか
✅ 背景にある「アベノミクス清算」の意味
✅ 今後の日本経済への影響
――をわかりやすく解説します。
「日銀の売却」が何を意味するのかを知ることで、これからの株式市場と日本経済の流れが見えてきます。

🔹アベノミクスとは何だったのか?
2012年末に誕生した安倍晋三政権は、日本経済を立て直すために「アベノミクス」という政策を打ち出しました。
目的はズバリ、長年続いていたデフレ(物価が下がり続ける状態)からの脱却です。
デフレが続くと、
- 物の値段が下がる → 企業の利益が減る
- 給料が上がらない → 消費が冷え込む
- 経済全体が縮む
という悪循環が起こります。
そこで安倍政権は、3本の矢(金融政策・財政政策・成長戦略)を中心に、景気を押し上げようとしました。
その「1本目の矢」として中心的な役割を担ったのが、日銀の大規模な金融緩和です。
🔹「異次元の金融緩和」とは?
当時の日本銀行総裁・黒田東彦(くろだ はるひこ)氏は、2013年に「異次元の金融緩和」を開始しました。
この政策のポイントは、世の中に出回るお金の量を一気に増やすこと。
日銀は通常、「国債(=政府の借金証書)」を買って銀行にお金を渡します。
銀行は受け取ったお金を企業や個人に貸し出し、経済に資金が回るようになります。
ところが黒田日銀は、それだけではなく、
「ETF(上場投資信託)」という株式市場の商品まで大量に買い始めたのです。

🔹ETFってなに?
ETF(Exchange Traded Fund)は、簡単にいうと**「いろいろな企業の株がセットになった商品」**です。
たとえば、
- 日経平均株価に連動するETF → トヨタ、ソニー、任天堂などの株が少しずつ入っている
- TOPIX連動ETF → 東京証券取引所のほとんどの企業が少しずつ入っている
つまり、ETFを買うということは、日本全体の株をまとめて買うようなものなのです。
🔹なぜ日銀がETFを買ったの?
理由はシンプルです。
株価を上げて「景気が良くなるぞ」という空気を作りたかったからです。
株価が上がると、
- 企業は「評価が高まった」と感じて投資や雇用を増やす
- 個人も「株や資産が増えた」と感じてお金を使う
という心理的な好循環(=「資産効果」)が起こります。
つまり日銀は、市場の「安心感」を作り出すためにETFを買って、株価を支えたのです。

🔹その結果どうなった?
この政策によって、株価は実際に大きく上がりました。
2012年に約9,000円だった日経平均株価は、数年で2万円を超えるまで上昇。
日本企業の資金繰りも改善し、景気回復への期待が広がりました。
ただし副作用もありました。
日銀がETFを買いすぎた結果、
なんと今では日本株市場で最大の株主になってしまったのです。
その保有額はなんと約80兆円(2024年時点)。
トヨタやソニーなど、多くの大企業の「実質的な大株主」が日銀という、世界でも前例のない状態になっています。
🔹ポイントまとめ
項目 | 内容 |
---|---|
政策名 | アベノミクス(安倍政権の経済政策) |
開始時期 | 2013年(黒田総裁就任) |
目的 | デフレ脱却・景気回復 |
具体策 | 日銀による「異次元の金融緩和」 |
特色 | 国債だけでなくETF(株式)まで買った |
結果 | 株価上昇、景気改善の一方で、日銀が株式市場の巨大な存在に |

日銀のETF買い入れがもたらした3つの副作用
🔹副作用① 市場機能のゆがみ
日銀はETFをルール通り、機械的に買っていました。
つまり、企業の業績が良いか悪いかに関係なく、「株価が下がったら買う」という仕組みだったのです。
その結果、本来なら株価が下がって淘汰されるはずの企業まで、日銀の買い支えで生き残ってしまいました。
こうした企業は「ゾンビ企業」と呼ばれます。
たとえば、売上が下がっても構造改革をせず、「どうせ株価は支えられる」と安心してしまう企業が増えると、
経済全体の競争力が落ちてしまいます。
つまり、
- 優秀な企業も
- 効率の悪い企業も
みんな一緒に株価が上がる――。
これでは市場が「本当に価値のある企業」を見分けられなくなり、資本主義の基本ルールがゆがむのです。

🔹副作用② コーポレートガバナンス(企業統治)の弱体化
ETFを通じて日銀は多くの企業の株を持つようになりました。
実際、日銀は日本企業の上位株主のほとんどに名を連ねる存在になっています。
しかし、問題はここから。
日銀は**「中央銀行」という中立的な立場**のため、企業経営に口出しできません。
普通の株主なら、
「経営陣が無駄な投資をしていないか」
「社員の待遇や環境は改善されているか」
といった点を監視し、必要なら株主総会で意見を述べます。
でも日銀はそれができない。
つまり、**「物言わぬ株主」**なのです。
結果として、経営陣が自分たちの都合で判断しても、誰も止めない。
企業の緊張感が薄れ、コーポレートガバナンス(企業の健全な監視体制)が弱まってしまったのです。
🔹副作用③ 中央銀行の財務リスク
中央銀行である日銀の本来の仕事は、「金融の安定」と「円の信頼を守ること」です。
ところがETFを大量に持つことで、日銀の資産が株式市場の値動きに左右されるようになってしまいました。
つまり、株価が上がれば含み益が出ますが、下がれば巨額の含み損が発生します。
たとえばもし日本株が20%下落すれば、日銀の評価損は十数兆円にもなる計算です。
これは中央銀行として非常に異例で、「通貨の信頼」を脅かすリスクになります。
なぜなら、
「日銀が損を出している」「日銀の資産が減っている」と見られれば、
海外の投資家は「円を売ろう」と動き、円安や信用不安につながりかねないからです。

🔹ポイントまとめ:3つの「ゆがみ」は何を意味するか?
項目 | 内容 | 経済への影響 |
---|---|---|
市場機能のゆがみ | ダメな企業まで救済される | 競争力の低下、非効率化 |
コーポレートガバナンスの弱体化 | 日銀が「物言わぬ株主」になる | 経営の監視機能が低下 |
中央銀行の財務リスク | 日銀が株価下落で損を抱える | 円の信頼低下の懸念 |
このように、ETFの大量買い入れは一時的には景気を支えましたが、
長期的には**市場の健全性を損なう「副作用」**を残しました。
だからこそ、2025年に入って日銀が「ゆっくり時間をかけてETFを売却していく」と発表したのは、
この“ゆがみ”を少しずつ元に戻すための正常化への第一歩なのです。

🔹転機:2024〜2025年の経済環境をわかりやすく解説
長い間、日銀は「景気を支えるためにETFを買い続ける」政策を続けてきました。
しかし2024年〜2025年にかけて、日本経済の環境が大きく変わり、“買い支え”をやめても大丈夫な段階に入ったのです。
🔸1. マイナス金利の解除:超緩和からの転換点
まず大きな出来事が、2024年にマイナス金利が解除されたことです。
マイナス金利とは、銀行が日銀にお金を預けると“手数料”を取られる制度のこと。
つまり、銀行に「お金をためずに、どんどん貸し出して経済を回せ!」という強力なメッセージでした。
しかし、この政策が長く続くと、
- 銀行の収益が減る
- 投資が過熱しすぎる
- 家計が金利ゼロに慣れすぎる
といった副作用が出てきます。
そこで日銀は、景気が安定してきたタイミングで17年ぶりにマイナス金利を解除。
つまり「もう過度な支援は不要。経済は自立できる段階に入った」という判断を示したのです。
🔸2. 物価上昇率が2%を超えた:デフレ脱却の証
アベノミクスが始まった2013年当時、物価(=モノやサービスの値段)はほとんど上がっていませんでした。
むしろ「物価が下がる=デフレ」が続いていたのです。
しかし2024年には、消費者物価指数(CPI)が前年比2%超を安定的に維持。
これは日銀が長年目標としてきた「物価上昇率2%」をようやく達成したということです。
モノの値段が上がるのは悪いことのように思えますが、
健全なインフレ(物価上昇)は「企業が値上げできる=経済に勢いがある」証拠。
つまり、デフレを脱却したという“成功サイン”でもあります。

🔸3. 賃上げ率が5%近くに上昇:経済の好循環へ
さらに大きな変化が、賃上げ(給料アップ)の広がりです。
春闘(しゅんとう)では、主要企業の平均賃上げ率が5%近くに達しました。
給料が上がると、
→ 家計に余裕ができて消費が増える
→ 企業の売上が上がって再び賃上げができる
というプラスの循環が起こります。
この「物価も賃金も上がる」状態こそが、日銀が目指してきた理想的な経済の姿でした。
🔸4. 株価は過去最高の4万5000円超え:市場が自信を取り戻す
さらに株式市場でも、2025年に入って日経平均株価が過去最高の4万5000円を突破しました。
これは、企業の利益拡大や賃上げへの期待、円安による輸出好調などが背景にあります。
つまり、
- 景気は安定
- 企業業績も良好
- 投資家心理も前向き
と、**日銀が株を売り始めても市場が動揺しにくい「好機」**が訪れたのです。
🔸5. ETF売却の決断:「支える」から「戻す」へ
こうした経済の好転を受けて、日銀はついにETF売却を決断しました。
これは単なる「売り抜け」ではなく、
「異常なほど膨らんだ金融支援を、正常な状態に戻す」ための出口戦略です。
ただし一気に売ると市場が混乱するため、
- 年間数百億円程度ずつ
- 売却完了には100年かけるペースで
という、極めて慎重な方法を取っています。

🔹ポイントまとめ:ETF売却の背景にある「3つの安心材料」
要素 | 内容 | 意味 |
---|---|---|
マイナス金利解除 | 経済が自立できる段階に | 金融緩和からの正常化 |
物価上昇率2%超 | デフレ脱却の達成 | 政策目的を果たした |
賃上げ・株高 | 好循環が回り始めた | 市場が安定・売却の好機 |
つまり2024〜2025年は、
「アベノミクスの目的が一応の成果を上げた時期」=政策を次の段階へ移す転機だったのです。
この好機を背景に、日銀は**「異次元緩和の出口」=ETF売却**へと動き出した、というわけです。

🔹ETFとJ-REITの売却開始の決定内容(2025年9月)
2025年9月、日銀はついに**「ETFとJ-REITの売却開始」**を正式に決定しました。
この決定は、金融政策を「非常事態モード」から「正常モード」に戻すための歴史的な一歩です。
🔸1. 売却を全会一致で決定
日銀の「政策決定会合」では、金融政策に関する重要な方針を9人のメンバーで話し合います。
今回のETF売却方針は、全員一致で承認されました。
これは、黒田時代の“超緩和”を終わらせ、植田総裁のもとで政策の正常化が本格的に進むことを意味します。
🔸2. 年間の売却額:購入ベースで約3,300億円(時価で約6,200億円)
日銀が売却するペースは、
- 購入価格ベース:年間3,300億円程度
- 現在の市場価格ベース:約6,200億円相当
という非常に慎重なスピードです。
仮にこのペースで売却を続けた場合、
完了までにおよそ100年かかるという、前例のない「超・長期計画」です。

🔸3. 売却の柔軟性:「いつでも止められる」仕組み
日銀は市場への影響を最小限にするため、
売却を一時停止・再開できる柔軟な条項を設けました。
たとえば、
- 世界的な株価暴落が起きたとき
- 景気後退や金融不安が広がったとき
こうした場合には、すぐに売却を止めて市場の混乱を防ぐことができます。
つまり、**日銀は市場を乱すつもりは一切なく、慎重に“静かに売る”**という姿勢を明確にしています。
🔸4. 売却規模の影響はほぼゼロ
日銀のETF売却額(時価で6,200億円)は、日本株全体の年間取引金額の**わずか0.05%**に過ぎません。
つまり、
「日銀がETFを売る」といっても、
市場全体から見れば“誤差の範囲”程度。
そのため、株価に直接的な悪影響を与える可能性は極めて小さいと考えられています。

🔹目的と本質:本当の狙いは「売ること」ではない
ETF売却の目的は、「日銀が株を手放すこと」そのものではありません。
もっと根本的な狙いがあります。
🔸1. 金融政策の正常化
これまで日銀は、異常なほど多くのリスク資産(=株や不動産)を持っていました。
しかし中央銀行の本来の役割は、安定的な通貨と金融システムを守ることです。
そのため、
- リスク資産(株やETF) → 減らす
- 安全資産(国債) → 中心に戻す
という方向に資産構成を戻すことが、金融の“正常化”につながります。
🔸2. 市場機能の回復
日銀という巨大な買い手が市場からいなくなることで、
- 株価が企業の実力で決まる
- 投資家が自分の判断で売買する
という健全な市場メカニズムが戻ります。
つまり、「国が支える株価」から「実力で競う株価」へ。
これにより、企業間の競争や新陳代謝(=弱い企業の淘汰・新しい企業の台頭)が再び活性化していくのです。

🔸3. 円の信頼の回復
ETFの売却によって、日銀の資産はリスクの少ない構造に戻っていきます。
それはつまり、「円という通貨の信頼を強化する」ことにもつながります。
海外投資家にとっても、
「日本の中央銀行は健全なバランスシートを持っている」
という印象が強まれば、円や国債の信頼が高まり、国際的な信用が安定します。
■まとめ
日銀のETF売却は、単なる金融テクニックではなく、日本経済の構造転換の象徴です。
長く続いた「官製相場」から脱し、市場が本来の選択と淘汰を取り戻す。
そして、企業が“日銀の買い支え”ではなく、自らの価値創造で評価される時代へ。
もちろん、100年という超長期の道のりには、景気変動や政治リスクも潜む。
しかし、この決断は「過去への決別」であり、「未来への布石」。
日銀が静かに売りを始めた今こそ、
日本経済はようやく——自立への航路に舵を切った。
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