マキャベリ『人間は恐怖でしか支配できない理由』/マキャベリズム/君主論

哲学

突然ですが、皆さんは「人の上に立つ人物とはどんな人であるべきだと思いますか?」と言われると、多くの人はこう思うのではないでしょうか。

「はあ? 何言ってんだお前。人の上に立つ人ってのは、自分の利益よりも部下の利益を優先できる、自己犠牲できる人間に決まってるだろう。人に気を使える人こそ、人の上に立つにふさわしい人物じゃないか。」

このように、自分の利益を減らしてでも部下を優先する人物が人の上に立つにふさわしいと考えるかもしれません。しかし、そんな人々に対し、ルネサンス期の思想家ニコロ・マキャベリはこう言います。

「お前ら、何か勘違いしてないか? 人の上に立つ人間ってのは、鉄で残酷、目的のために手段を選ばず、愛されるよりも恐れられる人物であるべきなんだよ。人間は恐怖でしか支配できないんだよ。」

このように、人の上に立つ人物とは愛や慈悲を持つ人物ではなく、残酷で冷徹、目的のためには手段を選ばない人物であるべきだと言いました。

しかし、こう言われてもこう思うかもしれません。

「もう、目的のためなら手段を選ばない? 馬鹿じゃないの? 誰がそんな恐ろしい奴についていきたいと思うんだよ。みんなから慕われ、尊敬されるやつこそ人の上に立つべきに決まってるじゃないか。」

このように考えるかもしれませんが、マキャベリはこう言います。

「お前ら、どこまで楽観的なんだよ。人間は恩知らずで嘘つきな生き物だ。自分に得がなければすぐに裏切る。だから、裏切ることを損にすることでしか人をコントロールできないんだよ。」

このように、愛情や尊敬は相手次第でコントロールできないものであり、だからこそコントロールできる恐怖によって相手を支配することでしか、人の上に立つことはできないと考えていました。

それでは今日は、マキャベリの語る人の上に立つ人の条件という話を解説しましょう。

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マキャベリという人物

まずはマキャベリという人物について解説します。マキャベリはイタリア・ルネサンス期の政治思想家で、1469年にフィレンツェ共和国で生まれました。現在はイタリアの都市であるフィレンツェですが、当時はまだイタリアに統一されておらず、フィレンツェ共和国を含む五大国とその他小国に分かれていました。

マキャベリの生まれたフィレンツェ共和国は、大財閥であるメディチ家によって統治され、ロレンツォ・デ・メディチの時代は経済的にも繁栄していました。しかし、マキャベリが20代の頃、ロレンツォが亡くなり、イタリアのパワーバランスが崩れ、各国はこのように言いました。

「フィレンツェのあの王様が死んだらしいぜ。今が攻め込むチャンスなんじゃないの?」

リーダーがいなくなったフィレンツェは、イタリアの戦乱の時代に巻き込まれていきます。また、フランスやスペインなどの国もこの争乱に参戦し、イタリアの領土を狙うようになりました。

そんな中で外交官として活躍したのがマキャベリです。彼は大学を出ていないにもかかわらず、優れた頭脳や判断力が認められ、29歳でフィレンツェの外交官に抜擢されます。そして外交官として他国を訪れ、どんな君主が優れた国を作り、どんな君主が劣った国を作るのかを学んでいました。

チェーザレ・ボルジアとの出会い

そんな彼に最も影響を与えたのが、ローマ教皇領の拡大に努めていたチェーザレ・ボルジアという人物です。マキャベリは彼についてこのように言います。

「チェーザレの行動以上に、何をすべきかを示してくれる見本は存在しない。彼こそが人の上に立つ存在として理想的な人物だ。」

チェーザレは自分の身内でさえルールを破れば厳格に処分する残酷な人物でありながら、他国を征服する時は市民への略奪行為を一切許さない。彼の行動はすべて国民を守るという一つの目標のためであり、恐れられながらも多くの人から信頼されていました。

君主論

マキャベリは他にも40回以上外国に行き、相手国の君主と会い、情報を集め、分析・観察を繰り返し、どうすれば自国フィレンツェに平和をもたらせるかを考え、『君主論』という1冊を発表しました。

しかし、彼の生きた当時、キリスト教によって慈悲や愛が重要とされていたため、マキャベリの論は感情論や理想論を一切排除し、現実に即したものでした。そのため、キリスト教からは禁書として扱われ、多くの人からこのように言われていました。

「こんなもん、人の心を考えない指導の書、悪魔の書だ!」

このように全く評価されず、マキャベリは43歳で外交官を解雇され、さらには国家反逆の疑いで拷問まで受けます。しかし、彼の死後、18世紀になってルソーが『君主論』を取り上げたことで論争が巻き起こり、褒めたたえる側と非難する側に分かれました。後にこの書は次々と翻訳され、多くの大公、教皇、皇帝も愛読者となり、国を繁栄させた多くの偉人たちが重大な決定の際には必ずこの1冊を参照していたと言います。

人の上に立つべき人間とは

そんなマキャベリは、人の上に立つ人はどんな人であるべきか、どうすれば人を思い通りに動かせると考えたのか。彼はこう言います。

「善人であろうとするな。人から好かれようとするな。人を思い通りに動かすには恐れさせるしかないんだよ。」

このように、人から好かれようとするのではなく、恐れられることでしか人の上に立つことはできないと考えていました。

例えば、会社を経営している社長がいるとします。彼は部下に好かれる社長になろうと考え、部下が遅刻しても罰を与えず、怒ることもなく、誠意を伝えればいずれ改善してくれると信じています。最初は部下もそんな優しい社長を信頼し、恩を返そうと思うかもしれません。しかし、その気持ちは一体いつまで続くのでしょうか?

人から好かれることを求めてしまえば簡単に裏切られる

多くの場合、だんだんと「どうせ怒られない」と社長をなめるようになり、平気で遅刻するようになり、どんどんだらしなくなってしまうのではないでしょうか。マキャベリはこう言います。

「人ってのは恩知らずで嘘つきで臆病で貪欲な存在なんだよ。だから必要な時だけこちらにすがり、必要なくなれば平気で人を裏切るんだよ。」

このように、人から好かれることを求めてしまえば簡単に裏切られてしまう。尊敬や信頼、愛情のようなものはコントロールできるものではないと言いました。

例えば、A君とBちゃんのカップルがいるとします。二人はお互いが愛し合っていると思い、結婚なんてしなくても浮気なんてするわけがない、お互いを裏切るなんてありえないと考えています。しかし、少しでもその愛が薄れてくればどうでしょうか? おそらくA君は隠れて別の女性と遊ぶし、Bちゃんはもっといい男を探すようになります。

つまり、マキャベリは愛でつながった関係は愛がなくなれば簡単に裏切られてしまう。お金でつながった信頼はお金がなくなれば信頼がなくなってしまう。だからこそ、破ったら罰を与えるという処罰に対する恐怖でしか人を縛ることはできないと言いました。

愛されないとしても憎まれることは避けなければいけない

ただし、彼は続けてこう言います。

「愛されないとしても憎まれることは避けなければいけない。人を恐怖させたとしても憎まれてしまえば逃げ出すか反乱されてしまうんだよ。」

このように、人を恐怖で支配したとしても、だからと言って憎まれてはならないと言いました。

しかし、そう言われてもこう思うかもしれません。

「はあ? 人を恐怖で縛っておいて憎まれない? そんなの無理に決まってるだろ。都合のいいこと言ってんじゃねえぞ!!」

このように、人を恐怖で縛りつけては憎まれて当然と考えるかもしれません。しかし、マキャベリは恐怖を与えることと憎まれないことの両立は可能だと言いました。彼はこう言います。

「最も人が憎まれやすいのは強欲であること、そして人のものを奪うことだ。この2つを避ければ、ほとんどの人は厳しくされても憎んだり軽蔑することはないんだよ。」

このように、人が最も憎まれやすいのは強欲であることと略奪することだと言い、これらを避けることで恐怖で抑えつけたとしても大多数は満足すると言いました。

例えば、マキャベリが理想の君主であると言ったチェーザレは、法を犯したものは自国の兵士だろうと信頼している部下だろうと一切の躊躇なく即座に処刑していました。そのため、残酷で恐ろしい君主と言われていましたが、ルールを守る者に対しては手柄を奪ったり財産を奪ったり、女性を独占したり、そういった何かを奪うことを一切しませんでした。さらに彼は国民に厳しくルールを守らせましたが、それは決して私利私欲のためではなく、国を守ることを第一に考え、あらゆる法やルールはすべてその目的のためのものでした。

そのため、多くの国民がそれを理解し、彼の支配する国では反乱は起こらず、平和が訪れていました。

人が人を憎む理由としてわかりやすいのが妬みや嫉妬

人が人を憎む理由としてわかりやすいのが妬みや嫉妬です。

例えば、会社のA部長がいます。A部長は部下を怒り、残業を強要します。しかし、そんなシゲル部長自身は残業をせず、部下の仕事の手柄をまるで自分のものにし、利益を独占していたらどうでしょうか? 当然、そんな部長に苛立ち、ついていけないと部下は逃げてしまいます。

しかし、A部長が誰よりも残業をし、会社と部門の利益を守るために努力していればどうでしょうか? 会社に対する不満はあっても、A部長なりに考えてやっていると思えれば彼を憎む必要はなくなります。

つまり、人が人を憎む理由は人のものを奪ったり「あいつばかりずるい」と妬まれるから生まれるもので、逆に言えばどれだけ厳しく罰したとしても、自分自身もそのルールに従い、誰であろうとえこひいきせず、人の手柄や財産を奪わなければ憎まれることはない。だから恐怖と憎まれないことは両立できると言いました。

善人であろうとするな

余談ですが、マキャベリの「善人であろうとするな」という考え方は、人間関係やコンテンツ作りなどでも同様だと思います。例えばYouTuberを見ると、一部例外はいますが、大抵の全員受けするチャンネルよりも、好き嫌いがはっきり分かれるチャンネルの方が人気があります。

例えばモテる人というのも、みんなに優しい良い人よりも、一部の人に強烈に刺さる人の方がモテます。そう考えると、マキャベリは善人であろうとする行為は中途半端で、何も覚悟が決まっていないようなものだと考えたのではないでしょうか。

ここまでの話だと、人の上に立つ人間というのは人に対しても自分に対しても厳しく、目標に向かって真っすぐな人物、いわゆる筋の通った人物であるべきだと思うかもしれません。しかし、マキャベリはこう言います。

「いくらこういう人間であるべきだと言っても、そう簡単に守れるものではない。実際には欲深く傲慢であったとしても、慈悲深く信頼できる人物のように見せかける、良い人に見せかけなければならないんだよ。」

欲を見せてはいけない

実際には欲にまみれていたとしても、人の上に立つのであれば自分の欲は見せてはいけないと言いました。

例えば、「国民のために」と言い続ける政治家がいます。そんな彼が口では「国民のため」と言いながら、こっそり毎晩キャバクラに行っているのがバレたらどうでしょうか? もちろん、人間には欲がある以上、キャバクラに行ってしまうこと自体は問題ではありません。しかし、欲があったとしてもそれは決してバレないようにしなければならない。「人のため」と言うのであれば常に自分の欲は見せてはいけないと言いました。

なぜなら、大衆は些細なことですぐに信用しなくなり、悪いことをしていないとしても簡単に悪いことに仕立て上げてしまうからです。

果敢に進んでいく姿勢

さらにマキャベリは、人の上に立つ人間は慎重であるよりも果敢に進んでいく姿勢を持つべきだと考えていました。彼はこう言います。

「運命ってのは常に変化し続ける。だが、人間は一つのやり方に固執しすぎてしまう。多くの君主はその結果失敗したんだよ。運命の女神ってのは慎重な男より強引な男に身を任せるものなんだよ。」

例えば、タピオカが流行った時期にタピオカ屋を始めた美雪ちゃんがいます。最初はタピオカブームに乗ってお店は大繁盛します。しかし、タピオカブームが去った後もそのまま続けていればどうでしょうか? 次第に売上が減り、スタッフの給料も払えなくなり、最終的には破滅してしまいます。

だからこそマキャベリは、人の上に立つ人間というのは変化を恐れてはいけない。時の流れに従って常に変化し続けない限り、運命に翻弄されることになると考えていました。彼は時にやりたくないこともしなければならない、残酷にもならなければならない、目的のためならば手段を選んではいけないと言いました。

例えば、チャンネルが伸びなくなったYouTuberがいます。そういった場合、少しでもファンが残っていれば「もっと続けてほしい」「毎日楽しみにしてる」なんて声が届きます。そういった声が届けば届くほどやめ時を失い、変化ができなくなってしまいます。しかし、マキャベリは目的のためならば時には非常になり、冷酷な決断をしなければならないと言います。彼はこう言います。

「冷酷な決断すらできないようでは任務を遂行することなんてできるわけがないじゃないか。」

つまり、マキャベリは人の上に立つ人物というのは目的のためならば一般的に非道と呼ばれる行為も必要であり、信頼する人を裏切る行為や恋人を見捨てる行為も物事の優先順位を見極め、人から避難されるようなこともできなければならない。愛や情に流されるような人は人の上に立つ器ではないと考えていたのです。

終わりに

ということで今回は、マキャベリの語る「人の上に立つ人の条件」という話でした。

マキャベリの考えはマキャベリズムと呼ばれ、目的のためには手段を選ばない極悪非道な考え方とも言われています。しかし、彼はあくまでも自分の国を守るため、君主となる人物は善良であることにこだわっていてはいけないと、どこまでも現実的に考えていただけでした。

当然と言えば当然ですが、みんなに好かれたいと考えれば人が嫌がることはできなくなります。誰もが喜ぶことしかできなければ、多くの人の求める理想を追求することはできません。だからこそ彼は、人の上に立つ人間は愛なんて求めてはいけない。恐れられる人物でなければ平和を作ることはできないと考えていたのです。

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