
私たちは日々、「なぜこの人は働かないのだろう?」と疑問に思うことがあります。遅刻を繰り返し、約束を守らず、仕事をすぐに辞めてしまう――そんな「だらしない」人たちを見て、「自己責任だ」と感じることもあるかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか?
『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』(鈴木大介)では、貧困の背景にある 「脳の機能低下」 という視点を提示しています。著者自身が脳梗塞を経験し、取材を通じて出会ってきた貧困者たちと同じような困難に直面したことで、彼らの「働けない」理由を身をもって理解しました。
この本では、貧困者が抱える問題の多くが 脳の機能低下によって引き起こされている ことを解き明かし、「怠けているわけではなく、できないのだ」という視点を提供します。この記事では、本書の内容を詳しく解説し、貧困問題に対する新たな視点を考えていきます。
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貧困の最も大きな原因は「脳の機能低下」
1. 貧困と脳の機能低下の関係
著者は、貧困の背景には 「脳の機能低下」 が深く関係していると指摘しています。これは、「働かないのではなく、働けない」という本書のテーマにも直結する重要な概念です。私たちは貧困を「努力不足」「怠け」だと捉えがちですが、実際には 脳の働きに障害があることで、社会生活が困難になっている 可能性があるのです。
脳の機能低下が貧困を引き起こす理由
- 記憶力や集中力の低下により、仕事や日常の管理ができなくなる。
- 約束やルールを守ることが難しくなり、社会的な信用を失う。
- 経済的なトラブル(借金や支払い忘れなど)を回避できず、ますます貧困が深刻化 する。
では、この 脳の機能低下 は、どのような原因によって引き起こされるのでしょうか?

2. 脳の機能低下を引き起こす要因
脳の機能低下は、単なる「年齢の問題」や「病気」だけではなく、さまざまな要因によって引き起こされます。本書では、以下の4つの主な要因が紹介されています。
(1) 事故や病気(脳梗塞・認知症など)
脳にダメージを与える病気や事故は、認知機能の低下を引き起こします。
- 脳梗塞:血流が止まり脳の一部が損傷することで、記憶力や判断力が低下する。
- 認知症:特に若年性認知症の場合、見た目は普通のまま 計画力や判断力が低下し、仕事を続けられなくなる。
- 頭部外傷:事故や転倒で頭を強く打つと、脳の機能に影響が出る。
これらの疾患を持つ人は、以前は普通にできていたことが突然できなくなる ため、社会生活に大きな影響を及ぼします。
(2) 発達障害・境界知能(IQが低いが障害者認定されないレベル)
発達障害や「境界知能」と呼ばれる状態も、貧困と深い関係があります。
- 発達障害(ADHD・ASDなど):注意力が続かず、仕事の手順を覚えられない、ミスが多い、対人関係がうまくいかない などの困難を抱える。
- 境界知能:IQが70〜85程度の人々。障害者手帳などの支援を受けられないため、支援のないまま社会で生きづらさを抱える。
- 仕事が続かない:業務のスピードについていけず、次々と職場を転々としてしまう。
「普通の人と見た目は変わらないが、社会で適応するのが極めて難しい層」 であり、支援が届きにくいという問題があります。

(3) 適応障害・うつ病などの精神的な病気
精神疾患による 認知機能の低下 も、貧困を引き起こす原因となります。
- 適応障害:ストレスの多い環境にいると、体調不良や記憶障害が起こり、仕事を続けられなくなる。
- うつ病:意欲や集中力が著しく低下し、簡単な作業すらできなくなる。
- 不安障害:過度の不安により、お金や仕事の管理ができなくなる。
精神的な病気は、本人の「気の持ちよう」ではなく、脳の神経伝達が正常に機能していないことが原因 です。そのため、どれだけ頑張ろうとしても、社会のペースに追いつくことができません。
(4) 長期間のストレスやトラウマ(DV・虐待など)
長期的なストレスやトラウマ体験も、脳の機能低下を引き起こします。
- DV(家庭内暴力) や 虐待 を受けた経験があると、常に強いストレスにさらされ、記憶力や判断力が低下 する。
- 経済的ストレス(リストラ、倒産など)による慢性的なプレッシャーも、脳の機能を低下させる。
- 極度の貧困状態 にあると、食事や睡眠が不安定になり、脳の働きがさらに悪化する。
著者が取材した中にも、DVの影響でレジでお金を支払うことすらできず、パニックになってしまう女性 がおり、このことからも ストレスによる脳の機能低下が、貧困を加速させる ことが分かります。

3. 短期記憶の低下が日常生活に与える影響
これらの要因によって、脳の機能が低下すると 短期記憶が著しく低下 し、次のような影響が出ます。
- 予定や約束を忘れる
→ 仕事や面接に遅刻しやすくなり、信用を失う。 - 計算ができなくなる
→ スーパーで会計する際、金額をすぐに忘れ、レジでパニックになる。 - 書類を理解できなくなる
→ 役所の申請書や仕事のマニュアルが読めず、必要な手続きを放置する。 - 仕事の手順を思い出せない
→ どれだけ努力しても業務スピードが上がらず、職場で評価が低くなる。
このように、脳の機能が低下すると、日常のあらゆる場面で不都合が生じ、結果として社会生活が破綻しやすくなる のです。
4. なぜこの視点が重要なのか?
貧困問題を考えるとき、私たちは 「なぜこの人はちゃんと働かないのか?」 という視点を持ちがちです。しかし、本書が伝えるのは 「働きたいのに働けない人がいる」 という事実です。
・怠けているのではなく、脳の機能が原因でできないことがある。
・努力だけでは乗り越えられない問題がある。
・誰もが事故や病気、ストレスで脳の機能低下を経験する可能性がある。
この視点を持つことで、「貧困者は自己責任」という考え方ではなく、彼らが生きやすい社会を作るにはどうすればいいのか? を考えることができるのではないでしょうか。

脳の機能が低下するとどうなるのか?
本書では、脳の機能低下が引き起こす具体的な症状 を紹介しています。これらの症状は、本人の努力ではどうにもならないものが多く、周囲からは「だらしない」「怠けている」と誤解されやすい特徴を持っています。

1. 会計がスムーズにできなくなる
(例:DV被害でメンタルを病んだアンリさん)
- 彼女はレジでお金を支払おうとするとパニックになり、小銭を床に落としてしまうことがありました。
- これは、一瞬で処理するべき情報が多すぎて 脳が対応しきれなくなる ために起こる症状です。
(著者自身の経験)
- 脳梗塞を発症した後、店員から「788円です」と言われても、財布を開いた瞬間に金額を忘れてしまう。
- 液晶画面で再確認しても、目を離した途端にまた忘れる。
- 100円玉を数えている最中に「いくつ数えたか」すら忘れてしまう。
【なぜこれが起こるのか?】
- 短期記憶の機能が低下すると、「今聞いたばかりの情報」がすぐに抜け落ちる。
- 数字を覚えておくことができず、計算や支払いができなくなる。
- こうした状況に パニック になり、焦ることでさらに脳の処理能力が落ちる。
【結果】
- レジでうまく対応できず、周囲の視線に追い詰められ、「もうお店に行きたくない」と感じるようになる。
- これが 外出の減少・社会的孤立・さらなる貧困の悪化 につながる。

2. 文章が読めなくなる
(例:本を読もうとしても内容が理解できない)
- 文章を読んでも 意味が分からなくなる ことがある。
- 一文を何度も読んでも、理解できない。
- 役所の手続きや契約書を読むことが困難になる ため、必要な申請を怠ったり、トラブルに巻き込まれることが多くなる。
【なぜこれが起こるのか?】
- 読解力には 短期記憶が大きく関係 している。
- 一文ずつの情報を脳内でつなげる能力が低下し、前後の内容を関連づけられなくなる。
【結果】
- 書類が読めず、支援を受けるための手続きができない。
- 借金の契約内容を理解できないままサインする など、危険な状況に陥る。

3. 遅刻しやすくなる
(貧困者の共通点:遅刻・約束を守れない)
- 短期記憶が低下すると、時間管理がうまくできなくなる。
- 例えば、鍵やスマホを探すのに時間がかかる、準備に想定以上の時間がかかるなど。
(例:「今から行きます」と言っておきながら3〜5時間遅れる)
- 貧困者の多くは、「今から向かいます」と言ったまま、時間がどんどん過ぎてしまうことがある。
【なぜこれが起こるのか?】
- 予定を覚えておくことができず、時間感覚がズレる。
- 出発前に何か別のことを始めると、そちらに意識が集中してしまう。
- 「今何時だから何分後に家を出る」という計算がうまくできない。
【結果】
- 仕事や面接で遅刻し、「だらしない」「信用できない」と見なされる。
- 仕事をクビになりやすくなる → 貧困が悪化する。

4. 仕事が異様に遅くなる
(例:多重債務で苦しんでいたBさん)
- 彼女は、「会議の内容が頭に入らない」「自分の書いたメモを読んでも意味がわからない」と訴えていた。
- 自分の机に戻って仕事をしようとしても、思考が停止してしまう。
(著者自身の経験)
- パソコンのフォルダから目的のファイルを探すだけで膨大な時間がかかる。
- メモを取っても、「何を書いたのか」分からなくなる。
- 仕事中に話しかけられると、会話が終わるたびに また1からやり直し しなければならない。
【なぜこれが起こるのか?】
- 短期記憶が低下し、複数の情報を同時に処理できなくなる。
- 思考の整理ができず、手順がわからなくなる。
【結果】
- 仕事のスピードが極端に遅くなり、同僚や上司にイライラされる。
- 「仕事ができない人」というレッテルを貼られ、職場で孤立する。
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5. 督促状を開封しなくなる
- 借金や水道料金の請求書が届いても 開封しない。
- 見るだけでパニックになる ため、見ないようにしてしまう。
【なぜこれが起こるのか?】
- そもそも 「支払う」というタスクを記憶に留めておくことができない。
- 督促状を見ただけで、恐怖や不安が襲ってくる。
【結果】
- 借金が増え、電気・ガス・水道が止まる。
- 貧困がさらに悪化する。

6. 周囲から「ただの怠け者」に見られる
(外見では脳の機能低下が分からない)
- 車椅子や骨折などと違い、脳の障害は 外からは見えない。
- そのため、「サボっている」「甘えている」と見なされる。
【なぜこれが起こるのか?】
- どれだけ本人が苦しんでいても、「健常者」と同じように見えるため、理解されない。
- 「頑張れ」と言われても、脳が機能低下しているために頑張れない。
【結果】
- 職場や家庭で孤立し、最終的には社会とのつながりを失う。
- 脳の機能低下によって、日常生活の当たり前のことができなくなる。
- 本人の努力ではどうにもならない問題なのに、周囲からは「怠けている」と思われてしまう。
- これが貧困を加速させる大きな要因となる。
このように、「働かない」のではなく「働けない」 という視点で貧困問題を考えることが重要だと、本書は伝えています。

貧困を抜け出すためにできること
本書では、脳の機能が低下してしまった場合に、どのようにして貧困から抜け出せるか についても具体的な方法が提示されています。
多くの貧困者は、「頑張ればなんとかなる」という気持ちを持っていても、実際には 脳の機能が低下しているために、現実的な行動を起こすことが難しい 状況にあります。そこで、脳の機能低下の影響を理解したうえで、どのように対応すれば良いのかを考えていきます。

1. YouTubeを活用して生活保護を受ける
(1) 生活保護は必要な支援である
- 生活保護は 貧困状態から抜け出すための大切な制度 であり、命を守るために必要なもの。
- しかし、多くの人が 「恥ずかしい」「自分はまだ大丈夫」「迷惑をかけたくない」 という理由で申請をためらう。
- 特に、脳の機能が低下している人は、書類を読めなかったり、手続きの方法がわからず、そのまま申請しないことが多い。
(2) 生活保護の申請ができない理由
- 「恥ずかしい」「プライドがある」
- 「DV加害者に居場所がバレるのが怖い」
- 「役所でうまく説明できる自信がない」
- 「申請しても通らないかもしれないと不安になる」
- 「書類の書き方がわからない」
このような理由で、本来支援を受けるべき人が制度を活用できずにいる という現状があります。

(3) YouTubeを活用する
- 近年、YouTubeには 生活保護の申請方法やコツを解説する動画 が増えている。
- 書類の書き方や申請時の注意点を 視覚的に理解できる ため、読み書きが苦手な人でも情報を得やすい。
- 例えば、YouTubeでは以下のような実用的なアドバイスが得られる:
- 「生活保護を申請するときは録音する」
- 「申請の際には『働く気はない』ではなく『今は働けない』と伝える」
- 「役所で嫌がらせを受けたら弁護士に相談する方法」
(4) 生活保護の申請が貧困脱出の第一歩
- 生活保護を受けることで 最低限の生活が確保され、脳の機能回復のための余裕が生まれる。
- 「働かないのではなく、働けない」状態にある人にとっては、生活保護が 社会復帰のための足掛かり になる。

2. 自分を不必要に責めない
(1) 貧困者が陥りやすい「自己否定」
- 「自分はダメな人間だ」
- 「みんな頑張っているのに、自分だけ何もできない」
- 「どうせ私はこのままだ」
こうした 自己否定の思考 は、貧困をさらに悪化させる要因となる。
(2) 自己否定が脳の機能低下を悪化させる
- 脳の機能が低下していると、不安やストレスに対処する力も低下する。
- 「自分はダメだ」と思い込むことで、さらに脳がうまく働かなくなる。
- 結果的に、何も行動できなくなり、さらに状況が悪化する悪循環に陥る。
(3) 「自分は頑張っている」と認めることが大切
- 「今の自分にできることをやっている」 と認めることが重要。
- 完璧でなくても、「生きているだけで偉い」 と考える。
- 脳の機能が回復すれば、できることも増えていく。
(4) 他の当事者の話を知ることで安心する
- 自分と同じように困難を抱えている人がいることを知ると、不安が和らぐ。
- 生活保護を受けた人の体験談や、脳機能低下の当事者の話を知ることで、「自分だけではない」 という安心感を得る。

3. 安易にメンタルクリニックに行かない
(1) 「うつ病」と誤診されるリスク
- 脳の機能低下が原因なのに、「うつ病」と診断されてしまう ケースが多い。
- 例えば、「仕事ができない」「遅刻が多い」「集中できない」 という症状だけを見て、適切な検査をせずに うつ病と診断される ことがある。
- しかし、実際には 脳梗塞や高次脳機能障害、発達障害 などが原因の場合もあり、適切な治療を受けられなくなる。
(2) 抗不安薬・抗うつ薬の依存リスク
- 一部の精神科では、すぐに 抗不安薬や抗うつ薬を処方 することがある。
- これらの薬には 強い依存性 があり、長期的に使用すると かえって働けなくなる ことも。
- 例えば、「ソラナックス」などの抗不安薬は、飲むと楽になるが、やめると強い不安や離脱症状が出るため、依存しやすい。
(3) 正しい診断を受けることが重要
- 「単なるうつ病」ではなく、脳の機能低下が関係していないか? を慎重に判断することが必要。
- 必要であれば 脳神経内科や高次脳機能障害の専門医 に相談する。

まとめ
脳の機能が低下し、貧困状態に陥ってしまった場合の対策として、本書は次の3つのポイントを提案している。
① YouTubeを活用して生活保護を受ける
- 生活保護を申請することは恥ずかしいことではない。
- YouTubeには生活保護の申請方法や注意点を解説する動画がある ので、活用する。
- 「今は働けない」ことを強調して申請する ことが大切。
② 自分を不必要に責めない
- 「自分はダメな人間だ」と思うことで、さらに脳の機能が低下する。
- 「今の自分にできることをやっている」と認めることが重要。
- 同じ境遇の人の話を知ることで、安心感を得られる。
③ 安易にメンタルクリニックに行かない
- うつ病と誤診されるケースが多く、適切な診断が重要。
- 抗不安薬・抗うつ薬の長期使用には依存リスクがある。
- 可能であれば 脳神経内科や専門医に相談する。
本書では、「自己責任論」ではなく、「どうすれば現実的に貧困から抜け出せるのか」 という視点を提供している。
貧困問題を解決するには、正しい知識と支援の活用が不可欠である。
5. まとめ
- 貧困は「本人の努力不足」ではなく、「脳の機能低下」が原因である場合が多い。
- 脳の機能が低下すると、短期記憶が悪くなり、 遅刻・仕事の遅さ・督促状の放置・約束を守れないなどの行動が現れる。
- しかし、 外見上は普通の人と変わらないため、怠けているように見られ、社会から排除されてしまう。
- 明日は我が身。誰でも病気やストレスで脳の機能が低下する可能性がある。
- その時に 「働けない人」を社会がどう扱うか で、私たちの未来の生きやすさが決まる。
本書は、貧困者の実態を理解し、「自己責任論ではなく、社会全体でどう支援していくべきか」を考えさせる重要な一冊です。
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