もし習近平が失脚したらどうなるのか? 10年以上にわたり中国の最高権力者として君臨し続ける習近平氏は、2018年には憲法を改正し、これまで10年と決まっていた最高指導者の任期を撤廃しました。より強固な体制を築き上げたことで、BBCの記事では彼は「終身の皇帝になるのだろう」といったコメントまでありました。
自身に反対するライバルを蹴落とし、国民に対しては監視と弾圧を強め、その体制は万全のように思われます。しかし、そんな習近平体制がもし崩れるとしたら、何が原因で失脚し、その後の中国は、そして世界はどうなっていくのでしょうか?
今回のブログであなたの国際情勢リテラシーが高まり、日頃のニュースを見る目も変わること間違いありません。
習近平氏失脚の原因:政策の失敗
まず、習近平氏失脚の原因についてはどのようなものが考えられるでしょうか。まずは政策上の失敗によるものです。例えば、一帯一路構想はその一つと言えます。これは2013年に習近平氏が提案した、中国からアジア、ヨーロッパ、アフリカまでをつなぐ巨大な経済圏を作ろうという構想のことです。具体的には中国の支援で他国に港や鉄道、工場などを建設し、経済を活性化させるというものです。
これまで150を超える国がこの一帯一路に協力していて、中国政府は30兆円以上の巨額な投資をしてきました。数多くの国が参加し順調のように思われてきましたが、課題にも直面しています。他国は基本的に中国からの借金で港や鉄道などの建設を行いますが、この借金を支払えないという国が出てきているのです。
例えばスリランカはその代表です。支払いが滞った結果、建設した港の権利は中国のものとなってしまうという事例もありました。また、経済が発展することを期待して参加した国の中からも批判や疑問の声を上げる例も出てきています。思ったような成果が出ない、プロジェクトがなかなか進まないといったものですね。
G7の国々は中国のこの動きを警戒してきました。自由や民主主義といった価値観を共有する西側の国から見ると、中国の一帯一路構想は経済面でも安全保障の面でも、中国が世界での影響力を強めることになるのではないかという不安があったからです。しかし、なんとそのG7の中にも一帯一路に参加する国が出てきました。2019年にイタリアは停滞した経済状況を立て直そうと一帯一路への参加を決めました。
この決定はヨーロッパで中国の影響力が強まってしまうのではないかと議論になり、他のG7の国々からは強く批判されました。ただその後、2022年にイタリアの政権が交代すると、その1年後には一帯一路からの離脱が発表されました。新しく就任したイタリアの首相は「一帯一路への参加は大間違いだった」とも発言しています。
中国バブルの崩壊
一帯一路の開始当初こそ気前よくお金を出していた中国ですが、徐々にその余裕もなくなってきています。なぜなら不動産バブルが崩壊し始め、中国自身の経済状況が悪化してきたからです。
かつて中国では国有企業や公共機関が職員の住宅を用意していましたが、1998年に住宅制度改革が行われ、職員が自由に不動産を売買できるようになると、これをきっかけに不動産価格は上昇していきます。さらに好景気が続き、都市部の住民の収入が増えたことで住宅の買い替えも拡大し、人口も急増したことで住宅の需要はより高まりました。
このような背景から不動産は投資の対象にもなり、中国国内での不動産バブルにつながっていきます。しかし、行き過ぎるバブルを懸念した政府は不動産投資の規制を始めます。すると、不動産開発業者は新たに資金を得ることが難しくなり、借金を返せず破綻する業者が出てきました。開発業者から発注を受けていた建設会社も、不動産開発業者から代金が支払われなくなるかもしれないと不安に感じ、工事を中止してしまいます。
また、住宅完成前からローンを組んでいた購入者の間にもローンの返済を拒否する動きが広がっていきます。この問題に加えて、3年間のゼロコロナ政策が経済状況をさらに悪化させます。中国国内の厳しいロックダウンにより経済活動が停滞すると、多くの中小企業は倒産し、失業者が増えていきました。そのため国民は節約を心がけるようになり、もちろん住宅を買う余裕もなくなります。不動産価格はどんどん下がっていきます。
地方政府の財政破綻
さらにこの問題は地方政府の財政にまで影響を与えることになります。地方政府は土地の販売で利益を得てきたわけなのですが、これがどういう仕組みかを簡単に解説します。まず地方政府が農地などを安く買います。
それを工業用の土地として販売し企業を誘致することで、そこで働く人々が移り住みます。また彼らのために住宅用の土地も販売します。その利益を使って今度は鉄道や道路を整備していきます。すると開発される土地の価格はどんどんと上昇します。これで地方政府は儲けることができました。これに味を占めた地方政府は、土地を担保に無理な借金をしてまで道路や鉄道の整備を行うようになります。
しかし、全国の土地がある程度開発が進んだことで、そこから新しく土地を求める人というのは少なくなりました。さらに普通の収入では買えないほど土地の価格が上がりすぎたことに加え、新型コロナウイルスの流行が追い打ちをかけ、土地を買う人がさらに減っていきました。すると地方政府が土地の販売で得られる利益というのも減っていき、借金が返せなくなりつつあるというわけなのです。
何も有効な政策を打てない習近平
このように中国の経済状況は危機的であるにも関わらず、習近平氏は今有効な政策を打ち出せずにいます。このまま経済が悪化し続け、外交政策でも成果が得られなければ、習近平氏の立場は危うくなってくるのかもしれません。習近平氏失脚の原因として考えられるのは政策上の失敗だけではありません。彼の身近なところにも反発する人たちがいるのです。習近平氏は就任以来、腐敗をなくすということを大義として、鄧小平氏から江沢民氏、胡錦濤氏へと続いた自由経済路線に反対し、彼ら一派の影響力を弱める動きを取ってきました。
習近平氏は経済を民間に自由に任せるのではなく、政府の力により経済の活性化を推進してきました。鄧小平氏の時代に国有企業の民営化が進められたのとは反対に、習近平氏は国有企業を育て、民間企業には規制を加えているのです。
また、貿易など世界の国々との関係を重視したこれまでの国家主席の動きに対して、習近平氏は外国に頼らずとも中国国内で自給自足できるようにしたいと考えています。
こういった政策は、当然鄧小平氏時代から続く貧しい中国から大きく経済成長した時代を知っている人たちからは反発を招きます。このように習近平体制は様々な課題を抱えていて、これらが失脚の原因となる可能性があるのです。
習近平氏失脚後の中国
では、これらが悪化して習近平氏が本当に失脚することになったら、中国は一体どうなるのでしょうか? 習近平氏が失脚することになったら起こる問題としてまず挙げられるのは後継者問題です。今の中国には後継者を決めるルールがありません。これまでは前の指導者の指名によって後継者が決められてきました。
しかし、習近平氏は今後も自らが権力を握り続けられるようにと憲法を変え、後継者も決めていません。そして習近平氏が失脚するという形で力を失うことになれば、彼の影響下にあるような人物が後継者になるという可能性は低いです。そこで勢いをつけるのが、これまで習近平氏に抑えつけられてきた側の人たちです。彼らは自分たちに有利な後継者を推薦しようとするでしょう。するとそのような派閥の間で激しい対立が起こることになるかもしれません。
これまでの中国では習近平氏に権力が集中していましたが、彼がいなくなってすぐ後の中国には強い権力を持つ人物がいないということになります。つまり、中国の今後の方針を無理やりにでも決められる人物がいないということです。そのため後継者が選ばれるまでには長い時間がかかることでしょう。これにより政府の権力が弱まり混乱状態になれば、地方政府が勝手な行動を取り始める恐れもあります。
地方政府はこれまでも法律の抜け道を使って自分たちの利益になるようなことをしてきました。先ほどの土地販売スキームの話もその一つです。中央政府に強い権力を持つ人間がいない中では、地方政府はさらに身勝手になっていくかもしれず、再び汚職や腐敗が広がっていくことも想定されます。
国外の混乱
習近平氏の失脚によって混乱するのは政府の内部だけではありません。習近平氏はこれまで強いリーダーシップで経済政策を進めてきました。良くも悪くも今の中国経済はそのリーダーシップで成り立ってきたのです。しかし習近平氏がいなくなった時、それが維持できなくなってしまう恐れがあります。現在のロシアの前身であるソ連が崩壊した時にも、政府の力に支えられていた社会主義的な経済制度が急に変わったことで経済の混乱が起きています。
ソ連時代は企業が何をどれくらい生産し、いくらで販売するのかというのは政府が決めていました。国民は国に決められたものを購入するしかなかったのです。もしそれで企業が赤字になっても、政府が補助金を出すことで倒産することもありませんでした。そのため、材料を安く仕入れることで利益を大きくしようとか、商品の性能を上げようとか、そういった企業努力をする必要がなかったのです。しかしソ連が崩壊したことで、これらのルールが突如変わってしまいました。
これまで政府の保護で何とか経営できていた企業は、突然自分の力で商売をしなくてはいけなくなります。自由な経済の社会では、好きなものを好きな価格で好きなだけ作ることができ、また国民も好きなものを買うことができます。商品価格を一気に自由化した影響で、ロシアの商品の価格はどんどんと上がってしまいました。ロシアの消費者物価は1992年だけで2600%も上昇するというハイパーインフレが発生し、国内総生産は14.5%もの下落を記録しました。通貨ルーブルの価値も下がっていき、市民の生活は崩壊します。満足な給料や年金が支払われないこともありました。さらに自由に貿易を行うことができるようになったことで、外国の高品質で安い商品が入ってきます。これまで努力をしてこなかったロシアの企業は、このような外国企業の商品と戦うことはできませんでした。
もちろん、現在の中国企業の状況は当時のソ連の企業ほどひどくはありません。しかし、体制の急な変化があれば何らかの混乱が起こるのではないかと国民を不安にさせることでしょう。これが株や通貨の価値にも影響を与えることにつながるのです。そしてこのような状況は中国の社会全体に混乱をもたらす要因になります。政府の強い権力や影響力を失えば、各地で大量のデモや暴動が起こる可能性も予想されます。中国国内には様々な不満や問題がマグマのように溜まっています。それが習近平氏の失脚によって爆発し、中国全体が混乱状態になるかもしれないのです。
実際にエジプトのように、独裁者が失脚した後に国内が大きな混乱状態に陥ったという例があります。同じく北アフリカのチュニジアでも、独裁政権が倒れた後一時的に経済状況が悪化しています。これは政治の混乱により経済政策がうまくいかなかったことに加え、社会が不安定になり観光客が減ってしまったということも原因です。それに紐づいて職業を失ったことで国外に出ていく若者も増えてしまったのです。これらの国と同様に、習近平氏の失脚は中国国内の様々な面に影響を及ぼすでしょう。
習近平政権後に中国に新政権
では、習近平氏の後に中国に新たな政権が生まれた時、それは一体どのようなものになるのでしょうか。まず、新しい指導者たちは自由な経済を目指すことが考えられます。先ほどのお話のように、習近平氏は様々な規制や政府の力によって経済の発展を目指しました。新しい中国では、ソ連からロシアに変わったように、それぞれの企業がそれぞれのやり方で商売をできるように変わっていくと想定されます。
特に習近平氏が指導者になってからの中国ではIT企業に対する規制が強まっていました。例えば、資産取引採用手のアリババグループが独占禁止法に違反したとして罰金180億元を課されています。このような規制の影響を受けたのは習近平氏の時代になってからです。
また、中国国内では未成年を中心にオンラインゲームに依存する人が増えたということが問題となってきました。ゲームをする時間を減らしたい政府は規制案を発表します。これにより、テンセントホールディングスやネットイース、ビリビリといった大手企業の株価はいずれも急落しました。3銘柄は一時800億ドル相当の時価総額を失ったほどの影響でした。
しかし、なぜこんなことをするのかと言えば、習近平氏の管理下に置けない強い影響力と資金力を持つ企業が出てくることが国の運営上望ましくないからです。大企業が力を持ちすぎる前に抑えつけておくというのは、ある意味では当然の動きです。ですから、新しい指導者たちの元で自由な経済を目指す時にはこのような規制が撤廃されることが考えられます。それは中国国内の企業だけではなく、外国の企業にも言えることです。外国企業は基本的には中国国内では様々な規制の下でしか活動できませんでしたが、それらも撤廃されていくことでしょう。
もっと言えば、自由になるのは経済だけではなく政治もです。習近平体制の元では彼の強い権力によって政治が動いてきました。しかしそれに対する国民の不満も大き
かったのです。2022年には彼のゼロコロナ政策に反対して自由を求める大規模なデモが起こりました。中国で民主化を求めるという動きは30年以上前からありますが、それらは弾圧されてきました。しかし今でも中国国内で自由や民主化を望む声は上がっていて、その声が高まりつつあるというのも実情です。習近平氏に代わる指導者たちは、その国民の声に答える必要もあるでしょう。
独裁者失脚後の歴史
歴史を見ても、多くの国では独裁的な指導者が失脚するとその後には民主的な政治と自由な経済が目指されてきました。実際にソ連が強い影響力を持っていた冷戦中、世界には中国のような社会主義の独裁国が多くありました。しかしソ連が崩壊する頃には、社会主義の国も減っていきます。その代表的な例は東ヨーロッパです。
例えばハンガリーやポーランドなどでは、社会主義の時代、自由と民主主義を求める国民は厳しい弾圧に苦しめられてきました。ただ、ソ連の崩壊が近づくと、これらの国々では民主主義と自由な経済を目指す声が高まり、そしてそれが現代に続く新しい体制を作っていくことにつながったわけです。
国際的影響
さらに国際関係にも大きな変化が生まれそうです。今の中国は国内だけでなく国際関係にも大きな問題を抱えています。一帯一路や他の国の領土や権利、安全を脅かすような行為が色々な国と関係を悪化させてきたのです。特にアメリカとの間には貿易などをめぐる激しい対立があります。
トランプ大統領時代の米中対立が印象に残っているという人も多いはずです。新しい指導者たちはそのような国々との関係改善に迫られることになるでしょう。逆にこれまで友好的な関係を保っていた独裁政権の国とは少し距離を置くようになるかもしれません。実際に先ほど例に挙げた東ヨーロッパの国々を見てみても、体制が変わった後はロシアではなく現在のEU(当時のEC)に近づいていきました。
国際的な影響
また、これまでの中国は国際機関や国同士の決め事や法律を無視することがありました。他の国々の海を自分のものにしようとしたことや、国内の人権問題に対しての批判にも聞く耳を持ちませんでした。ただ、新しい体制の中国では世界と協力する姿が見えるのかもしれません。現在中国は世界2位の経済大国で、アジアをはじめとする世界経済に大きな影響力を持っています。大量の資源や部品を世界に輸出・販売し、また同時に多くの輸入もしています。
それが突然、習近平氏が失脚し中国国内に混乱が起こった時、それは中国の経済だけでなく、当然世界経済にも大きく影響します。中国で株価や通貨の価値が下がれば、それと関係する世界中の企業も悪い影響を受けることになります。しかし政権が変わり自由な経済政策を進め、中国経済とマーケットが安定することになれば、それは長期的には世界の経済にとっても良い影響となります。人口の多い中国で世界の企業が規制を受けず、より自由に経済活動ができるようになれば、中国にとっても世界にとってもプラスの結果につながるはずです。
アジアのパワーバランス
それともう1点、中国は経済大国であると同時に軍事大国でもあります。そのため世界の国同士の力関係にも影響を与えています。中国は他の国の政権を支援したり内戦の仲介を行ったりもしてきました。しかし中国の軍事的な影響力が弱まれば、その状況は変わっていくでしょう。これまで中国の支援で成り立ってきたような独裁政権は倒され、それが内戦状態になったり、もしくは民主化に向かう国があるかもしれません。
すると影響力を強めることになるのはどこでしょうか。そう、アメリカです。中国の影響力が弱まった国で、今度はアメリカがさらに影響力を強める可能性があります。実はアメリカはソ連の崩壊後も同じことをしています。ソ連という強い影響力がなくなった東ヨーロッパの国に対して、民主主義と自由な経済といった西側の考えを広めようとしました。つまり、アメリカの影響力を拡大しようとしたのです。中国はアメリカに代わって世界の覇権を取るのかと言われてきましたが、もし中国が国際協調路線になれば、世界はこれからもより一層アメリカの影響で動くことになりそうです。
ただしここには落とし穴もあります。これまで中国の動きを警戒して、アメリカをはじめとするイギリス、フランス、ドイツなど西側諸国は結びつきを深めてきたわけです。裏を返せば、習近平氏失脚後はこの結びつきが弱くなる可能性があるということです。すると今度はその隙を狙って、アジア地域への影響力を強めようとする国が出てくる。そんなシナリオが生まれてきます。アジア地域には多くの人口と資源があります。アジアの人口は増え続けていて、今後も市場が成長していくことが予想されています。中国が影響力を失った世界では、その勢力図も塗り替えられ、日本がアジアのリーダーとして牽引することになるのか、人口増加の著しいインドが影響力を強めるのか、または東側陣営のロシアがアジア地域での影響力を強める動きを取る。そんな可能性も出てきます。
終わりに
最近はありえないと思っていたようなSFの世界のようなことが次々と起こっています。世界的なウイルスの思いに人類の行動が制限されたり、平和を願っているはずの世界でロシア・ウクライナ戦争が起きたり、人間の仕事を奪ってしまうようなAIの驚異的な進歩など。
大国が突如崩壊するなんていうことも、絵空事とは言えないのかもしれません。今世界で何が起きているのかの情報は追いかけつつも、今までよりもより頭を柔軟にしておくことが大切になるのではないかと思います。
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