六曜とは何か?大安や仏滅を当たり前のように信じる理由
こんにちは、皆さん!手帳を開いたりカレンダーを眺めたことはありますか?そこには、「大安」や「仏滅」といった謎の文字が記されていることに気づいたことはないでしょうか。何気なく日々を送っていると、「今日は大安だから何か始めるには良い日だよ」あるいは「仏滅だから新しい事は避けた方がいいね」という会話に遭遇したこともあるかもしれませんね。
これらは実は「六曜」と呼ばれる古来からの暦の一部で、「赤口」「先勝」「友引」「先負」などといった言葉も含まれています。しかし、これらの具体的な意味や起源については、一体どの程度理解していますか?見慣れているけれど、実はよくわからないこれらの言葉、今回のブログで一緒にその謎を解明していきましょう。
六曜の由来
六曜という単語は、一体どんな由来を持っているのでしょう?これは実は、遥か古代中国から起源を持つと言われているのです。その当時、六曜は1日を6つの時間帯に分け、それぞれの時間帯で起こる出来事の吉凶を占うために使用されていました。
この六曜が日本に伝わったのは鎌倉時代とされていますが、一般的に庶民の間で広く受け入れられるようになったのは江戸時代の後半だったとされています。その頃、六曜は日中の時間帯を占うものから一歩進化し、日ごとの良し悪しを占うためのものとして人々に親しまれていきました。
さて、ここで一つ注目すべき点があります。江戸時代に使用されていた暦は、今私たちが使用している暦とは異なります。古代から使用されていた暦の多くは、月の満ち欠けを基準に作られた太陰暦と呼ばれるものでした。つまり、空に浮かぶ月の満ち欠けによって日付を判断していたのです。しかし、1ヶ月が29.5日という中途半端な日数になるため、徐々に暦と季節がずれてしまうという問題がありました。
この問題を解決するため、太陰太陽暦が考案されました。これは、29日と30日の月を交互に設けることで、1年を約364日とするものでした。現在日本で使われている暦は、地球が太陽の周りを一周する時間を1年とした太陽暦です。この暦でも少しずつずれが生じるため、うるう年を設けて調整しています。
江戸時代が終わり、明治時代に入ると、西洋化の波が日本に押し寄せ、太陽暦が採用されました。その際、六曜を含む吉凶を占うような暦は迷信的なものとされ、新しい太陽暦に六曜が記載されることは禁止されました。しかし、それが反発を招き、むしろ六曜の存在が強調される結果となりました。
また、明治政府は平均気温や天体の動きなど、科学的な情報を暦に載せることを推奨しましたが、当時の人々は迷信や占いを強く信じていたため、これにはあまり応じませんでした。そして、明治時代の中期になると、いわゆる”お化け暦”と呼ばれる、六曜や迷信的な占いが記載された暦が政府の許可を得ずに出回るようになりました。
このような六曜に対する庶民の親しみや信仰心は、日本が西洋化する流れの中でも揺るぐことがありませんでした。しかし、それが生まれた日付による差別を生むとして、福沢諭吉をはじめとする一部の人々からは否定的な声も上がりました。
このような波乱万丈な歴史を経て、六曜は現在まで私たちの生活に根付いています。
六曜の日柄とその意味について
以下に、六曜の日柄とその意味について、もう少し詳しく分かりやすく説明します。様々な見解が存在しますが、ここでは最も代表的な説明を行います。六曜は、「先勝」「友引」「先負」「仏滅」「大安」「赤口」の6種類の日柄から成り立っています。
- 先勝:この日は、文字通りに解釈すると、先に行動することで幸運が訪れるとされています。特に午前中は吉とされ、重要な用事は午前中に行うことが推奨されます。しかし、午後は凶とされているため注意が必要です。
- 友引:友引の日は、勝ち負けが決まらない、中立的な日とされています。午前と午後は吉、午後は凶とされています。”友を引く”という意味から、葬式などの悲しいイベントを避ける傾向があります。しかし、結婚式などのお祝い事については良い意味に解釈されることも多いです。
- 先負:先負の日は、特に何も起こらず静かに過ごすことが無難な日とされています。午前中は吉、午後は凶とされています。先勝とは逆の性質を持つ日で、争いごとは避けた方がよいとされています。
- 仏滅:仏滅の日は、日本では最も凶とされています。結婚式などのお祝い事を行わないようにする習慣があります。しかし、一方で、物事が滅びて新しいことが始まるという意味で、新たなプロジェクトを始めるのに適した日とする考え方もあります。この日は、仏事を行ったり、悪い縁を断つのに適しているとされています。
- 大安:大安の日は最も吉とされ、結婚式などのお祝い事は大安に行われることが多いです。何をするにも害のない日とされています。
- 赤口:赤口の日は、六曜の中で最も凶とされる日で、特に契約や約束事などを避けた方がよいとされています。ただし、正午だけは吉となります。
以上が各六曜の基本的な意味ですが、六曜は長い歴史を持つため、さまざまな考え方や解釈が存在します。
そして、六曜はある規則に従って順番に進んでいきます。この順番は旧暦(太陰暦)に基づいており、1月から12月までのそれぞれの月の1日には、六曜が一定のパターンで割り当てられています。具体的には、1月と7月は先勝、2月と8月は友引、3月と9月は先負、4月と10月は仏滅、5月と11月は大安、6月と12月は赤口となっています。
例えば、旧暦の1月1日は必ず先勝、旧暦の2月1日は必ず友引となります。そして、この初日の六曜を基点に、2日、3日と順番に六曜が進んでいきます。月末まで進んだところで一旦順番は終わり、翌月の1日はその月に割り当てられた固定の六曜から再スタートします。なお、これらのルールは旧暦で定められているため、現在使われている太陽暦とは一致しません。
現代の六曜
現代社会では、六曜は重要な決定を下す際や特定の行動を取るときの良運を担保する手段として用いられることが一般的です。冠婚葬祭や新たな家を建てる際など、特定の出来事の日取りを決めるときには、六曜がしばしば考慮されます。さらに、個々の行動が順調に進むことを願う際に、最適と思われる日を選び、計画を立てるという行為もよく行われます。
しかし、近年では六曜について詳しく知らない人々も増えてきています。その一因として、スマートフォンの普及が挙げられます。紙のカレンダーの使用が減り、デジタルカレンダーが主流となった今日では、日常的に六曜に接触する機会が大幅に減っています。そのため、自分自身は六曜を特に重視しないものの、親世代や社会の慣習から考慮しなければならないと感じる人々もいます。
特に若い世代は、六曜が記載された手帳やカレンダーに触れる機会がほとんどないため、その意識は今後さらに希薄になると予想されます。加えて、核家族化が進行している現代では、六曜を日常的に取り入れていた世代から次の世代へとその知識を引き継ぐことが難しくなっているのかもしれません。
私たちの手元のカレンダーに小さく書かれている謎の文字、それが六曜です。これは古代中国から伝わり、江戸時代には庶民の生活に深く根付き、吉凶を示す指標として用いられてきました。江戸や明治の人々が大切に保持し、一度は忘れ去られる寸前まで来ながらも、その知識はなんとか現代にまで受け継がれています。
まとめ
この伝統は今後も続いていくのでしょうか。それとも歴史の淵に消えてしまうのでしょうか。それは誰にも分からないことです。そして、その信仰の度合いも人それぞれです。大切な出来事で日柄を選びたいという人もいれば、全く気にしないという人もいるでしょう。信じるか信じないかはあなた次第です。
私自身としては、もし可能であれば、自分が気持ち良く、希望と運を感じられるような解釈を選ぶべきだと思います。例えば、カレンダーで「大安」という文字を見つけたら、それをポジティブなサインとして捉え、「今日は何か良いことが起きそうだ」という気持ちを持つのです。
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