なぜサウジアラビアは崩壊の危機にあるのか?

本要約

サウジアラビアは石油がもたらす莫大な利益で豊かな国というイメージを持っている人も多いでしょう。王族の贅沢な暮らしぶりが話題になることもありますよね。しかし、そんな裕福なサウジアラビアの財政が今崩壊の危機にあると言われています。なぜ石油を世界中に輸出し、贅沢をしているような国が財政危機になるのでしょうか。今回は、サウジアラビアの特殊な国家体制と経済の現状、そして国が進める将来ビジョンまでを分かりやすく解説します。最後までご覧いただければ、サウジアラビアの実態が見えるようになり、世界経済を見る目も養われること間違いありません。それでは早速やっていきましょう。

サウジアラビアの基礎知識

サウジアラビアはアラビア半島の約8割を占める大きな国です。その面積は215万平方キロメートルと日本の約6倍の広さがありますが、人口は約3200万人と日本の1/4程度です。広大な砂漠地帯で暮らす遊牧民もいますが、彼らの正確な人数の把握は難しいとされています。国土の3分の1が砂漠ですが、そこには世界最大級の油田があり、原油の採掘と輸出が行われています。原油の輸出量は年間約3億6000万トンで世界最大で、これが利益の源泉です。日本には年間約5000万トンの原油が輸出され、日本の原油輸入量の約4割を占めます。日本にとってはなくてはならない国と言えるでしょう。

あまり知られていませんが、サウジアラビアは日本のアニメやキャラクターが大人気です。キャプテンつばさやドラゴンボール、ハローキティなどのキャラクターが大規模なアニメイベントで取り上げられるほどです。また、日本から輸出している自動車のトヨタのランドクルーザーは人気が高く、ランクルに乗ることがステータスにもなっています。

サウジアラビアは厳格なイスラム教義に基づいて王家が支配する絶対君主制の国です。一応議会はありますが、国王に意見を伝える程度に過ぎません。信教の自由や女性の権利も制限されています。そもそも「サウジアラビア」という国名自体が「サウド家のアラビアの王国」という意味なんです。サウド家出身の王が代々国を治めており、要職も王族が独占している状況です。そのため、アメリカやヨーロッパなどの民主主義国家からは人権を抑圧する国だという批判がしばしば起こります。

例えば、サウジアラビアは最近スポーツに力を入れていて、プロサッカーリーグやプロゴルフ団体を結成し、有名選手を高報酬で集めています。しかし、これに対してもスポーツで人権侵害を隠そうとしているとの批判が集まることもありました。また、サウジアラビアは長い間観光客を受け入れていませんでした。外国人で入国できるのはビジネスの目的か聖地を訪れるイスラム教徒のみという時代が長く続き、観光はできませんでした。観光ビザが解禁されたのは2019年で、近年になりようやく一部の外国人に観光目的の入国が認められたばかりです。このように、民主主義の国からするとサウジアラビアは理解しづらいことも多く、日本に入ってくる情報もあまり多くありません。なかなか日本人にとっては理解が難しい国なのかもしれません。

豊かな国民生活とレンティア国家の現実

そんな日本人にとっても、サウジアラビアといえば石油で大金を稼ぐ豊かな国というイメージはあることでしょう。サウジアラビアの王家サウド家は世界有数の富豪として知られています。それは原油取引で得た莫大な利益からなるものです。ただ、この利益はサウジアラビアの国民のためにも使われています。税金の額は低く、国民は医療や教育を無償で受けられます。日本と比べても恵まれた福祉国家だと言えるでしょう。このように、天然資源から得られる利益を国民に分配する国を「レンティア国家」と言います。

サウド家の成り立ち

さて、こうしてサウジアラビアを支配するサウド家とは何者なのでしょうか。その成り立ちについても見ていきましょう。元々サウド家はアラビア半島中央部を本拠地にした有力者でした。イスラム教の中にもいくつかのグループがありますが、その中のワッハーブ派の有力者として勢力を伸ばしました。18世紀から20世紀にかけてアラビア半島ではイスラム教の各グループや各部族の争いが続きました。そうして最終的にサウド家のアブドルアジズ・イブン・サウード氏が争いを制します。1932年にはサウジアラビアを建国し、アラビア半島の大半を支配することになったのです。その後、アブドルアジズ氏は国家を統合し、権力基盤を固めていくため各部族との間で政略結婚を繰り返しました。サウジアラビアは一夫多妻の国です。彼は100人以上の子供を作ったとされ、国王になる資格を持つ王子だけでも36人も生まれます。

現在の国王は7代目のサルマン・ビン・アブドルアジズ・アール・サウード氏ですが、彼も初代国王の息子に当たります。そして、現在次期国王になると見られ国の実権を握っているのがサルマン国王の息子のムハンマド・ビン・サルマン皇太子です。彼が国王になると建国から約90年で初代国王の孫の世代が国を動かす時代に入るという歴史になります。

財政危機の理由

今、サウジアラビアは経済的な危機に陥りつつあると言われています。2023年の赤字は約3兆2000億円の見通しです。また、2024年の予算も約3兆円の赤字を見込んでおり、政府は2025年以降も赤字が続くと見ています。原油の輸出で儲かっているはずなのに、これは一体なぜなのでしょうか。理由はいくつかあります。

まずは、以前ほど原油で利益を上げられなくなったことです。原油は値動きが激しく、国際情勢によってその価格が上下します。例えば、2023年は1バレル70ドル前後で推移していました。サウジアラビアが健全な財政を保つには70ドル前後の水準が必要だとされています。それ以上価格が下がると、採掘コストなどの兼ね合いで採算が取れづらくなり、財政は赤字になっていきます。コロナウイルスが世界中に拡大した2020年はロックダウンの影響で一時1バレル20ドル程度にまで下がりました。一方、ロシアがウクライナに侵攻した2022年は石油の安定輸出に影響が出るのではないかという心配から、1バレルは120ドル以上に跳ね上がりました。

これまでサウジアラビアは中東の産油国を取りまとめ、原油の生産量を調整することで原油の価格を維持してきました。有名なのは1970年代のオイルショックです。この時は産油国が話し合って原油価格を大幅に引き上げると決めました。そのため、石油関連商品の値

段が上がるのではないかと日本中も大騒ぎになったのです。例えばトイレットペーパーがなくなるという噂から、トイレットペーパーの買い占めで品切れが続出したという事件はご存知の方も多いでしょう。しかし今は各国がこの事態に備えて石油を蓄えておくようになったことや、中東以外にも石油を産出する国が出てきたことで、昔のようにサウジアラビアを中心に原油価格をコントロールすることが難しくなっています。

その上、最近は脱炭素や再生可能エネルギーの活用が世界的に求められるようになりました。つまり、石油や石炭の使用量を減らして環境に配慮していくという流れができたということです。今後、石油の使用量が世界的に減っていけば、産油国が収入を確保する方法がなくなってしまいます。

贅沢な生活と国民の勤労意欲の低さ

次に、贅沢になれた王族と国民の意識です。原油を掘るだけで莫大な利益を得てきたサウジアラビアでは、国民に対して様々な恩恵を与えてきました。手厚い医療や教育を無償または安価に提供し、多くの国民を公務員として雇用することで十分な収入を保障してきました。各地に診療所が整備され、特に公務員やその家族などは公的医療機関を無料で受診することができます。大学も公立であれば学費無料で通えます。電気代や水道代、ガソリン代も他の国と比べれば格安です。その上、もし失業しても多額の失業保険を受け取れます。こうした保証が手厚く、恵まれた生活は王家による絶対君主制を国民が認めるということと引き換えに与えられたものでした。しかし、人口の増加が進む中でこうした豊かな生活を保証するのが難しくなってきたのです。

サウジアラビアでは一夫多妻制が認められており、経済的な不安のない王族は何人もの妻を持ち、子供を増やします。現在、サウド家の王族は数千人に登ると言われるほどです。そして彼らの多くは宮殿や豪邸などに住み、世界中を旅行しては豪勢な暮らしを続けています。しかし、このような現状を鑑みると彼らの生活もそう長くは続かないはずです。こうした原油からの利益に頼りきった経済がいつまでも持つはずはないということは、サウジアラビア自身も分かっています。これまでも石油に依存した経済から抜け出すべきだと言われてきました。特に原油価格が下がった時にはできるだけ早くの改革が必要だとの声も高まりました。しかし、贅沢に慣れきった国民はなかなか改革には踏み切れません。下がった原油価格もしばらくすれば値上がりしてきたという歴史もあり、結局改革は先送りにされてきたのです。

勤労意識の低さ

このサウジアラビアの改革を妨げる要因は大きく分けて2つあります。1つは国民の勤労意欲の低さです。働かなくても日々十分な生活ができるなら、働かない人が増えるのも当然ですよね。しかも、身の回りのお世話係まで従えるような王族の贅沢な暮らしぶりを当たり前のように見てきた国民の間でも雑用は外国人労働者に任せるのが当たり前という感覚が広まっています。そのため、実際に働いて事業を実務の面で支えているのは低賃金の外国人労働者のみという歪な社会構造になっています。例えば、大学の授業で実験をする時も、準備は全て外国人労働者の助手が整えておき、学生は最後に薬品を混ぜるだけという話もあるほどです。国民の多くを公務員として雇っていると言っても全員を雇うわけにはいきません。しかし、民間企業にはすでに低賃金でよく働く外国人労働者がいます。贅沢ざまで向上心のない国民が低賃金で真面目に働き続けるというのはなかなか大変なことです。そのため、国民を雇用することもうまくいかず、10代から20代にかけての若者の失業率は非常に高くなっています。サウジアラビアはまだ若い人口が多いので、今後の仕事をどのように確保していくのかということも大きな課題となっています。

仕事の確保

もう1つは仕事の確保とも関係がありますが、原油の産出以外に大きな産業がないことです。国の経済が大きく発展していくには製造業が重要だと言われます。日本が戦後高度経済成長を遂げたのも、自動車や家電メーカーなどの製造業が経済を支えてきたのが一因です。しかし、石油だけを輸出し、工業製品は輸入ばかりしてきたサウジアラビアではほとんど製造産業は発展しませんでした。今でも石油化学工業がわずかにあるという程度です。これでは経済や社会の構造を変えようと思っても、原油以外で利益を上げる方法が分からないので、結局最後はまた原油に頼ってしまいます。こうしてサウジアラビアは変わらなければならないと思いながらも、ずるずると変わらずに来てしまったのです。これでは経済が崩壊の危機を迎えるのも当然でしょう。

ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の改革

そんな中で、ようやく改革に乗り出す人物が現れました。それが皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏です。初代国王の孫にあたる世代で、誰が国王になるかについては王家の間で権力闘争もありましたが、結局は現在の国王の息子であるムハンマド・ビン・サルマン氏が実権を握りました。現在は高齢の父親に代わり、事実上の国のトップと見られています。彼は1985年生まれで国王の7男です。父が2015年に国王に即位すると、29歳の若さで国防大臣兼王宮府長官となり、間もなく副皇太子となりました。

副皇太子となったムハンマド・ビン・サルマン氏は次々と国の改革を打ち出します。2016年には原油依存から脱却し、新たな産業の育成を目指す長期計画「ビジョン2030」を発表します。イスラム法の違反者を取り締まる宗教警察の権限を弱め、2018年にはそれまで禁止されていた映画館を合法化しました。さらに女性の運転免許の取得やスポーツ観戦なども解禁しました。これは日本人からすると意外な感覚ですが、イスラム法で娯楽や女性の自由を厳しく制限することが当たり前だったサウジアラビアでは非常に画期的なことです。このような改革で、ムハンマド・ビン・サルマン氏は若者らに熱狂的に迎え入れられます。

その一方で、ムハンマド・ビン・サルマン氏は強権的な政治手法を駆使することでも知られています。2016年にはサウジ王室に否定的だったイスラム教の指導者ら47人をテロに関与したとして処刑しています。さらに2017年からはムハンマド・ビン・サルマン皇太子がトップを務める反汚職委員会が不正に巨額の資産を作ったとして王族や官僚資産から400人近くを取り調べ、多額の資

金を没収しています。ムハンマド・ビン・サルマン氏はこうして国民向けに改革をアピールする一方で、自身のライバルや反対派を追放して力をつけていきます。そして、ついに自分が皇太子の座につくことに成功したのです。

ビジョン2030

確かに彼の政治の進め方は乱暴で強引です。しかし、それくらいしないと原油の利権に浸りきったサウジアラビアは変わることができないということなのかもしれません。それでは、彼の掲げる国の将来ビジョンはどのようなものなのでしょうか。実はこれも非常に大胆で想像を超える内容です。この改革ビジョンは2016年に発表した「ビジョン2030」に盛り込まれています。「ビジョン2030」の中では、石油に代わる産業の育成や女性が働く場の拡大などの目標を掲げました。新たな産業とは観光、スポーツ、IT、再生可能エネルギーです。

このために、ムハンマド・ビン・サルマン氏はとてつもないプロジェクトを立ち上げます。それが2017年に発表された「ネオム」という都市計画です。ネオムはサウジアラビア北部の紅海に面した砂漠地帯に建設され、ほとんどのエネルギーは太陽光や風力、水素など再生可能エネルギーで賄われるというものです。総事業費は約5000億ドルという超巨大プロジェクトです。

ネオムには4つのエリアが計画されていますが、最も有名なのが「ザ・ライン」でしょう。ザ・ラインは文字通り高層ビルが一直線に並ぶ直線都市です。幅200mの街がなんと170kmに渡って続きます。道路はなく、人々は徒歩と空気を汚さない新交通システムで移動します。生活に必要な施設が全て徒歩5分以内にあるため、遠くに移動する必要はほとんどありません。ここに住めば交通費がかからず、手取りの収入が増える上、公害のない環境で健康な生活が送れると言います。

また、オキサゴンという紅海に浮かぶ産業都市も計画の1つです。ここでは太陽光や風力、水素など再生可能エネルギーだけで全てのエネルギーが賄われ、最先端の研究や技術開発が行われます。これに加えて、トロジェナという紅海から約50km離れた内陸の山岳地帯に建設されるのが山岳観光の中心地です。約60平方キロメートルのエリアに長さ36kmのスキー場の他、ホテルなどを建設し、年間70万人の観光客を見込んでいます。スキー場では人工雪を使い1年中スキーが可能で、他にもマウンテンバイクや人工湖でのウォータースポーツも楽しめます。

4つ目のエリアは紅海にある島シンダラです。シンダラには高級ホテルやマリーナなどが整備され、様々なスポーツやスキューバダイビングも楽しめます。まさに王族の国らしいスケールの大きなプロジェクトだと言えるでしょう。このプロジェクトを成功させるため、ムハンマド・ビン・サルマン氏は世界中の投資家に参加を呼びかけています。すでにマクラーレンがブランドパートナーについている他、紅海の対岸にあるエジプトも強い関心を示しており、互いに観光開発で協力していく方針です。

ネオムプロジェクトの課題

このようなバラ色の未来を描いたネオムプロジェクトですが、本当に実現できるのか疑問の声もあります。そもそも、これほどまでに先進的な都市を本当に建設できるのか分かりませんし、多くの人が住みたいと思うのかどうかも分かりません。実際、当初の計画では2020年には多くの施設が完成するとされていましたが、コロナウイルスの影響で2025年にずれ込むと発表されました。しかし、この2025年の完成も難しいのではないかと言われています。2024年4月にはブルームバーグがネオムの計画が縮小され、「ザ・ライン」は2030年までにわずか2.4kmしか建設されないとも報じています。また、ネオムを進めるにあたって政府が建設予定地に住んでいた住民を追い出したとも言われており、こうした強引な開発に人権侵害だという批判の声も出ています。

とはいえ、ムハンマド・ビン・サルマン氏にとってももう後戻りはできません。このまま国を納めていくには、ネオムプロジェクトを何としてでも推進し成功を収めるしかないでしょう。これだけの巨大プロジェクトが失敗すれば、トップの座を追われるだけでなく、本当に国が崩壊しかねません。サウジアラビアの将来は若き権力者が描く壮大なビジョンにかかっていると言っても過言ではありません。サウジアラビアは日本とも関係の深い国です。

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